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十日前(9月15日)のことだった。私の携帯電話が突然鳴った。着信を見ると仙台市に在住のブロ友からであった。ブロ友の名は銀輪さんと言って郷土史の先賢のかたである。銀輪さんとは二年前の2018年8月に一回だけオフ会をご一緒させて頂いた。リンクは

ブロ友・銀輪様とのオフ会

である。

オフ会を行ったのは仙台市地下鉄東西線国際センター駅の二階ホールであった。銀輪さんは大変温厚なかたで、郷土史の話題で大いに盛り上がった。銀輪さんとの馴れ初めはヤフーブログを通じて2013年頃知り合ったと記憶している。仙台藩にゆかりのあるルーツ(恐らく士族)を持ったおかたで、自宅に植えられた臥龍梅は伊達政宗公が朝鮮出兵時に持ち帰ったものの株分けと聞いている。

銀輪さんは関東地方で長らく仕事をされ、仙台在住のご家族が亡くなられた後、仙台に戻られ住み慣れた土地を売り払い、都心に近い青葉区西公園のマンションに住まわれた。私が銀輪さんとオフ会を行ったのは、マンションに住まわれて数箇月してからのことであった。

1国際センター駅

ここは銀輪さんのお住いの近くの西公園(伊達騒動で脚光を浴びた伊達安芸宗重仙台屋敷跡)である。ここが伊達安芸の屋敷であることをご教示頂いたのが銀輪さんである。銀輪さんはこの界隈を毎日のように散策しておられたが、過去に仙台市博物館にご自宅の文化財を寄付されたことがあり、仙台市博物館の入場料金が無料(フリーパス)となっているとのことであった。

2伊達安芸屋敷跡

銀輪さんは仙台市の交通機関が既に敬老乗車(70歳以上の仙台市民は地下鉄やバスの乗車が無料)になっておられたので、その特典を使ってよく散策をされていた。ここは太白区の黄檗宗大年寺(仙台藩主の廟所があるところ)だが、大年寺にもよく足を運び、参道の石段の上がり降りで足腰を鍛えておられたようだ。(そういう類の記事は銀輪さんのヤフーブログに掲載されていた)

健康志向と言い、郷土愛と言い、自分と相通ずるものが多いかたが銀輪さんであった。但し、2019年にヤフーブログがヤフーの一方的な都合をもって終了し、秋以降の所在が全く掴めないままであった。銀輪さんは今頃どうしておられるのだろうか?そんな折に携帯電話が突然鳴ったのである。

3大年寺石段

横町コメント
銀輪様からの電話の内容はごく簡単な手術での医療ミスによって、いつの間にか総合病院(仙台オープン病院)のベットに寝かされていたというものでした。
横町「病状は落ち着いたのですか?」
銀輪さん「一応落ち着いた状態なので知人様各位に連絡させて頂きました」
横町「今は銀輪さんのお気持ちに添うことしかできませんが、退院された暁には是非退院祝いをさせてください」

自分がそう述べると、銀輪さんはもどかしそうな声でこうお答えになられました。「自分がなぜここに居るのかようやく理解したばかりで…それでも突然音信がなくなったことを懸念し、横町さんに連絡させて頂いた次第です」これに対して私は「一日も早い回復を願っています」と告げました。

今は是非銀輪さんとの再会がかなうことを願っています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございます。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


4七百横町
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