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早いもので再就職して三年が過ぎた。思い起こせば四年前、以前勤めていた企業の再雇用を蹴った際は清水の舞台から飛び降りるような気持ちだった。一方で「今に見ていろよ」という開き直りの心もあった。別な企業で自分がどれだけ通用するか、腕試しをしたいということである。

同時に終身雇用が過去の産物となりつつある今、何も定年してから年下の上司に媚を売る必要はないと考えた。へそ曲がりとも言えるが、今思い起こせば私自身が新たな職場での人間関係構築に希望を抱いていたことが大きな追い風となったのである。

もちろん、自分のような人間はどちらかと言うと少数派である。それでもこれが上手く行けば、以前の企業を見返せるという思いもあったのは事実である。やはり「恩返し」(相撲で言う土俵上で堂々と胸を貸してくれた相手を破ること)は正当な形で行うべきものである。自分が別な企業に行っても社会人として立派に通用するのを自覚した時点で、「恩返し」は成し遂げられたと考えていい。自分はそんな心意気で今の企業に就職したのである。

石の上にも三年」という諺があるが、今の自分はそんな心境である。だがこれだけは言う。「入って楽な会社などこの世に一つとしてない」と。思い起こせばほろ苦いが、心臓に毛が生えているとばかり思っていた自分だが、最初の一箇月は借りてきた猫のような状態であった(笑)

1石の上に三年 イラスト

そんな私が活路を見い出したのは入社半年後である。仕事柄建設現場の安全パトロールが多いわけだが、自分は挨拶にこだわった。相手が自分よりも年下であっても、自分から頭を下げる。そして「お疲れ様です」と述べる。これだけで、相手との溝が大幅に詰まるのである。但しこの時鉄仮面であってはならない。真心を込めて笑顔でこの言葉を言うのである。

そんなことを繰り返しているうちに、自分の話を真摯に聞いてくれる社員が増えた。論語で言う仁・義・礼・智・信には優先順位があるとよく言われるが、自分が常に心掛けたのが仁(思いやり)と礼(挨拶)である。こうして自分は徐々にこの企業から受け入れられる人間となっていった。汗をかくのを厭わず、影日向なく履行するのがキーポイントである。

一年目よりも二年目、二年目より三年目。地道な積み重ねで、一人、また一人と誼を通じ、やり甲斐を更に増した気がする。そんな自分にも多少の懸念はある。それはパトロールに行っても挨拶の返って来ない社員がいるということである。これに対する応対は結構難しい。自分はその答えを求めて文献をあさったが回答は出てこなかった。そんな折に論語で次のような蘊蓄に触れた。それは孔子とて「自分を認めない者には心を閉ざし、逆に自分を理解してくれる者には全力を尽くして助言をする」という姿勢である。言い換えれば「自分がいくら教えようとしても心を開かない者までは面倒を見切れない」ということである。

この言葉に出遭ってから少し気持ちが楽になった。それは「人間は変わり行くものである」という普遍性でもある。挨拶を返さない社員もいつしか自分を必要と思えば挨拶を返すことだろう。振られた賽の目がどう出るかはわからないが、先ずはどっしりと構え、先方の出方を見定めるしかないと悟ったのである。

挨拶ができないということは心に濁りがあるという証である。その濁りは本人が取り去るしかない。然るに、私は挨拶のできない人間が全て救い難いと言っているのではない。今は挨拶ができなくてもいつしかこのことに気づけば、いつでも自分は門戸を開ける用意があると言いたいのである。

2街の絵

横町コメント
最後は今回も論語の言葉で締めくくりたい所存です。それは「徳は孤ならず。必ず隣有り」(有隣思想)です。君子への道のりはまだまだ遠いですが、目指すべき道が見えているので今の自分には不安がありません。人間は徳を続けて行けばいつかは隣人ができ、良好な人間関係が自ずと形成されて参ります。

これは古今東西例外がないということです。今宵は改めて「有隣」の極意を噛みしめ、今後のセカンドライフに是非活かしたいと考えております。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


3七百横町
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