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 【高音質】カノン パッヘルベル Canon Pachelbel 


リンク曲について
昨夜は中秋の名月だったが、薄曇りも天候で奇麗な月は見られなかった。それはさておき、今日はちょっとした出来事があって少しばかりセンチメンタル(ブルー)になっている。それは自分が少年時代に行っていた床屋さんの訃報を知ったからである。今宵は人間の存在の儚さ彷彿とさせるパッヘルベルのカノンの格調高い調べに世話になった御夫婦に重ね、心からご冥福を祈りたい。

本日の15時過ぎ、私は散歩コースである床屋さんの前を通った。事情は半年前の4月にお伝えした記事の通りである。https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-2666.html

自分がこの床屋さんの前を散歩コースに定めたのは数年前のことだった。例え夢でもいい…今日こそはサインポールが回っていて欲しい…切なる願いを込めていつも店の前の小路を通るのだが、期待はいつも裏切られた。お元気でいらっしゃれば90前くらいという年恰好ゆえ、祈るような気持ちであった。

つい最近だが、或ることが気になった。それは建物の外壁に蔦が這っていたことである。これは長年人が住んでないことを意味するわけだが、御夫婦は一体どうしておられるのだろう?下手をすればずっと安否がわからないまま、思い出とともにこの建物が壊されてしまわないだろうか?

本日もそんな思いで理容店の方向に向かった。店まであと数十メートルという地点に差し掛かった際、ふと私はいつもと違う気配を感じた。大工さんが二人おられ、何やら軒先の補修工事の作業中のようだった。私は思い切って二人の大工さんの片方のかたに話しかけてみた。

横町「ここは少年時代に自分がお世話になった床屋さんなので、いつも開いてないかという思いで散歩がてらに来ています。この補修工事は経営者様からのご依頼なのでしょうか?」

大工さん「いいえ、この補修工事は床屋さんの親戚のご依頼によるものです。」

横町「そうですか。ところで経営者のご夫婦は現在お元気でいらっしゃるのでしょうか?」

大工さん「残念ながら奥さんは4、5年前に亡くなられたのです。」

横町「…」

私は返す言葉すら見当たらなかった。奥さんのことが気の毒で、とてもご主人のことまで聞ける状況でなかった。私は大工さんに一礼するとその場を立ち去った。ここで長話をするのは死者への冒涜(覗き見主義)と取られかねないと考えたからだ。

恐らく奥さんは御主人に先立たれ、2010年過ぎまで、店を一人で切り盛りしていたのだろう。もう少し前に頭の片隅にこの床屋さんのことが思い浮かべば、或いは奥さんと再会を果たせたのかも知れない。今となってはどうあがいても取り戻せない後悔の念が私の脳裏を過った。

1K床屋

横町コメント
人の縁とは不思議なものです。私が読者の皆様と記事を通じて触れ合うことも縁のお陰ですが、世の中というのは運命のいたずらによって、様々な出逢いと別れが繰り返されることになります。少年時代の自分がこのご夫婦と縁があったことは全くの偶然ですが、熟年となった自分が再会を果たせなかったのは、その後縁がなかったということになります。これは大変寂しいことですが、人の世の定めとは所詮そんなものなのかも知れません。

自分にできることは、今にでも営業が再開できそうな店を眺め、在りし日のご夫婦の面影を思い浮かべ、ご冥福を祈ることだけです。禅語(臨済宗、黄檗宗)に「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」(意味:花は年ごとに変わることなく咲くが、人の境遇は年ごとに変化していく。転じて、自然が変わらないのに対して、人の世ははかなく移りやすいこと)がありますが、その極意を改めて感じた本日の床屋訪問でした。

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2六百横町
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