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仙台市青葉区の電力ビルの1階グリーンプラザで「仙台水墨画展」が開催されている。主催は如月会仙台水墨画同好会で、後援は東北放送・仙台放送・河北新報社となっている。

0グリーンプラザ

礒貝守氏の「希望」(音と光)である。親子の鹿が見つめるところに希望がある。そんなシチュエーションを連想させる作品である。手前にあるのは切り株と見られるが、全体バランスが素晴らしい。無機質的な色彩で描かれた水墨画は奥深い幽玄な印象を受けるが、この画からは温かみさえ感ずる。

山水画(風景画)には作者の隠された心理が存在し、山には’’世間の柵から離れ仙人のような境地に至る’’という暗喩があると言われる。親子の鹿に何を重ねるか?このあたりは鑑賞者の想像に委ねる域と察している。

1礒貝守「希望」(音と光)

折谷谷仙氏作「蔵王の春」蔵王と言えば宮城県の名峰である。残雪があるが、桜の咲くころに相応しい景観を感じる。蔵王は裾野の広い山だが、桜並木に添って存在するのは川だろうか?簗場にも見えるが、知人や旧友の存在を表すことが多いという。

2折谷谷仙「蔵王の春」

佐藤琢仙氏「蔵王早苗」である。幾重にも重なる山の端には春霞が掛かっている。鑑賞者の想像力に委ねる域が水彩画よりもはるかに多いのが水墨画という印象がある。それだけに奥深いものを重ねる。

3佐藤琢仙「蔵王早苗」

原内義晴氏「神社」である。庵(建物)は描き手が理想とする晩年の建物を示すことが多いとされる。

4原内義晴「神社}

佐藤琢仙氏「風雅の地」である。日本三景の松島を描いたように見えるが、画題のつけかたが水彩画や油絵とは異なる気がする。(敢えて固有名詞をつけないのは鑑賞者の想像に委ねるという意味合いだろうか?)

5佐藤琢仙「風雅の地」

高橋高仙氏「月明り」十月と言えば中秋の名月や十三夜が思い浮かぶが、今の季節に相応しい作品という気がする。月と松の木の絶妙な霞み具合が絶妙で風流な作品である。人によっては望郷を重ねるのもいいし、或いは自らが歩んできた人生を合わせるのもありのかも知れない。

6高橋高仙「月明り」

横町コメント
若いころはピンと来なかった水墨画ですが、年を追うごとにその良さが理解できるようになってきた気が致します。山奥にこもって仙人のような生活をすると言えば、古くは李白などの詩人が思い浮かびますが、水墨画に隠された心理がそのような願望を表すということです。

仙人と言うと世捨て人という印象を受けますが、晩年近くになったら、様々な面倒な柵から離れて幽境の世界に身を置きたいという心理に至るというのはよく理解できます。仙人になるのは現実的には難しいことですが、画の中では可能になる。私は水墨画の魅力についてそんなことを考えております。皆さんは水墨画についてどうお考えでしょうか?お聞かせ頂ければ幸いに存じます。

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7七百横町
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