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 GLINKA - RUSLAN & LUDMILA (OVERTURE) - ORGAN SOLO - JONATHAN SCOTT AT LANCASTER PRIORY 


コラム
そろそろ週の半ばに差し掛かろうとしているが、今は日々深まり行く秋と対話しつつ、朝晩の通勤をしている。もちろんカフェ通いも継続している。すっかりルーティーンになったカフェ通いのもたらす恩恵は大きい。朝の貴重な一時間を主に読書に充てるわけだが、これによって脳が刺激を受け覚醒するのである。コーヒーは濃すぎないようにアメリカンをオーダーしているが、これが眠気覚ましにもなるのである。朝起きてドリップコーヒーを600CC飲んでから、カフェで200CCのアメリカンコーヒーを飲むと、通算で800CC飲んだことになる。

デスクワークの多い日中、これに更にコーヒーを飲むと、優に1リットルを超えるので、オフィスではコーヒーを飲むのを止めて緑茶を飲んでいる。緑茶はコーヒーと比べて飲み過ぎによる弊害が少ないので、このところそんなことを繰り返している。

今宵はチャーチオルガンの名手ジョナサン・スコットの宗教的な曲を聞いている。外連味のない彼の演奏は心の奥底に響くものがある。彼の演奏は奇を衒うところが微塵も感じられない。今の自分もオーソドックス派だが、彼のように物事に真摯に向き合って行きたいと考えている。現役時代に何度も苦い思いを味わってきた自分だが、高い授業料を払ってでも得るものがあれば、何も後悔するものはないと考えるのである。

0ジョナサン・S

さて、本日は身の回りの品について能書きを述べたい。それはメーカーが消耗品として消費者に提供している製品についてである。

先ずはこのヘッドホン🎧をご覧頂きたい。耳あての部分や頭の上部にかけるアーチのところのビニル被膜がすっかり剥がれ落ちているのがおわかり頂けることだろう。このヘッドホンを購入したのが2014年で、表面の被膜が剥げてきたのが2017年頃である。わずか3年で表面の被膜が剥げ始めるのである。多くのユーザーはこの時点で寿命が来たと捉えていないだろうか?

実は寿命はまだまだ来ていないのである。強力なガムテープを用いて中途半端に残った被膜を剥がせば、スポンジが露出する。このスポンジの状態になってからが使い易い状態になるのである。ヘッドホンの表面の素材がスポンジならば、夏場でも蒸れないのである。これは実際に使ってみた人にしかわからないことなのかも知れない。ヘッドホン本体とスポンジ部の剥離についてはブラックシリコンコーキング(ホームセンターなどで購入可能)を使うことをお勧めしたい。

数度に及ぶ試行錯誤を経てこのような状態となったヘッドホンは、これからが本来の機能を発揮する時期と捉えている。上手く行けばあと十年以上は使えるものなのかも知れない。

1ヘッドホン

次は愛用している手袋(2008年購入)である。元々は作業用の手袋だが、購入時はヘッドホンと同じように手の甲にビニル被膜(エンボス柄)が施してあった。この被膜が完全に剥がれ落ちるまでに自然劣化に任せると7~8年近い歳月を要する。多くのユーザーはこの段階で寿命が来たと考え、この手袋を廃棄するのではないだろうか?

実はこの手袋の特徴は表面被膜が剥げ落ちてから長持ちすることである。書道で使う筆を思い浮かべて頂きたい。筆は或る程度使い込まないと馴染まないものだが、この手袋も全く同じである。購入から12年も経て、機能的に新品時と比べて劣るものはなにも感じられない。否、逆に新品時よりもはるかに手に馴染んで、却って使い易いと言っても言い過ぎでない。手の甲に関しては意匠的に新品時とほとんど変わらないのである。そういう理由により、この手袋に対して愛着が湧いているのである。

冬になればこの手袋を着用できる!そのような思いが寒い冬場を乗り切る大きな原動力に繋がってきている気がするのである。

2手袋

最後は電気カミソリである。たった二年ほどの使用で刃先のカバーが摩耗して無くなってしまったが、髭剃りとしての機能は十分に果たすのである。この状態となってから既に二週間ほど経つが、今のところ怪我をするような気配は全くない。カバーのある時と比べれば多少のコツ(少し力を入れて押っ付けないと剃り残しを生ずる)は必要だが、慣れれば全く問題ない範囲と考えている。ちなみにスペアのカバーは下手すると本体を買えるほど高額となるケースが多く、メーカーとしての良心は感じられないものがほとんどである。

3電気カミソリ

横町コメント
皆さんはメーカーの作った製品をどうお考えでしょうか?表面的な変化を生じたことだけで寿命が来たと思ってないでしょうか?自分はこういう利潤指向(消費者に買わせればそれでいい)に接するとどうしても納得できないものを感じます。

メーカーが利益を上げるには物を売らねばなりませんが、自分はそういうメーカーの思惑に乗る必要は毛頭ないと考えています。(但し、リスクがあるものについては自己責任が発生するということも明言致します)本来の寿命を全うできない製品を見ると、メーカーとして持つべき良心に疑問を抱きます。消費税の引き上げ、新型コロナの流行と湿った話題の多い昨今、この逆風に対抗する。それが本記事を立ち上げた真意です。

現代人は、日常使用している物をまだまだ使えるのに、方策をさほど講じることなく廃棄しているものが多いと考えています。(国が掲げる3R:スリーアールとは矛盾)本日はそのような盲目的な風潮に一石を投じてみました。皆さんはどうお考えでしょうか?

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4六百横町
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