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本日は大変嬉しいことがあり、週の中休みの前に美味い酒を飲んでいる。それは郷里石巻の老舗ラーメン店の大華楼さんの店主のお孫さんから過去の記事にコメントを頂いたことである。ブログをやっていてよかったと感じるのは、何と言っても過去の記事にコメントを頂くことである。これはブロガー冥利に尽きることであり、自分がこれまでブログで目指してきた方向性がけして過ちでなかったのを実感するものである。

0晩酌のテーブル

自分は現役の頃の最後の一年半、福島県の浜通の相馬市勤務を経験した。その時は郷土の歴史同好会である相馬郷土研究会に所属させて頂き、先賢各位から相馬の歴史についていろいろと学ばせて頂いた。そんな折に、休日を利して訪ねたのが相馬16代当主の相馬義胤の弟である相馬隆胤(中村城城代)が討ち取られたとされる童生渕(どうしょうぶち)であった。2015年の記事に相馬市在住と見られるH様から書き込みがあったのは、数箇月前のことであった。童生渕は相馬共同火力発電所の近くである。

H様からはその後、相馬隆胤が討ち死にしたとされる「童生渕の戦い」についての貴重な資料(付近の宮司が執筆された文献)の提供をメールで頂いた。私は懇意に応えるためにも近いうちに、随筆を書きたいと思っている。相馬のH様にはこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。

1童生淵

次は宮城県の生んだ偉大な郷土史家・紫桃正隆氏(1921~2008)に関することである。現在Yahoo検索で「紫桃正隆…画像」と検索すると私のFC2ブログに掲載した紫桃氏の肖像画像がTOPでヒットするようになった。検索順位が以前よりも上がった経緯もあり、紫桃氏の教え子のかたから書き込みがあった。ライブドアブログは現在更新してないが、これも大変嬉しいことである。

2紫桃正隆

中世豪族粟野氏の記事に、粟野氏の家臣の末裔のN様から書き込みがあったのは、つい最近である。仙台が伊達氏の所領となるまでは様々な変遷があったわけだが、粟野氏は一時は伊達の麾下に属したものの、仙台開府後においても伊達と抗った剛毅な武将であった。私は今年の2月に粟野大膳重国の墓を訪れている。https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-2600.html

3沖野城址

そして本日書き込みを頂いたのが石巻の北上川の左岸(東岸)で老舗ラーメン店を経営を経営されていた大華楼さんのお孫様である。誼をお寄せいただいたお孫さんには大変感謝している。尚経営者の奥様は今でも健在で、お二方で私の過去の記事https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-2479.htmlを見たとのコメントを頂いた。

お孫様にはこの場を借りて厚く御礼を申し上げる次第である。小学校低学年の頃、このへんでよく釣りをした私だが、釣りの餌となるゴカイ採りをしたのが、この石段の辺りであった。それにしても懐かしい…残念なことに建物は震災でなくなったが、掛け替えのない思い出はこれからも自分の心の中でずっと生き続けることだろう。お祖母様の末永いご健勝を心から祈りたい。

4大華楼

横町コメント
石の上にも三年ローマは一日にして成らず…そのような類の言葉を常に自分の心に言い聞かせて、今日までFC2ブログを運営して参りました。その甲斐もあり、最近古い記事がようやく検索エンジンの上位にヒットするようになったようです。これを更なる励みとして、今後も読者様第一をモットーにして、ブログを地道に運営して行きたいと考えています。

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5六百七十横町
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