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本日は最近自分が読み終えたエッセイ集:守屋洋氏著『恢恢録』(かいかいろく)について紹介したい。守屋洋氏は昭和7年(1932年)生まれなので、御年89際になるが、つい最近まで講演会や大学の講義などで活躍されていたようで、YOU TUBEには氏の講座の様子が収録されている。守屋氏は宮城県の港町気仙沼の出身である。

1プロフィール


守屋氏は中国の古典の翻訳を数多く手掛け、年代は自分と異なるものの今回『恢恢録』を読み、様々な部分で共感するところが多いのを感じた。守屋氏は一般講演の他、企業の社員教育などの場にも講師として呼ばれ、実社会に則した視点に基づき独自の蘊蓄の数々を語っている。


2恢恢録


恢恢録』は中国の四字句に込められた意味を、現代社会に照らし併せて解説した実践哲学的な著物である。昭和62年(1987年)から同63年(1988年)の一年間に渡って週刊読売に55回に渡って掲載されている。一つの作品が5頁弱ということもあって非常に読みやすいのが特徴である。55編の中から特に印象に残ったエッセイを紹介したい。


3目次


1、不言之言(ふげんのげん 出典:荘子)

老子の「不言の教え」とほぼ同義である。「聖人は無為の事に居り、不言の教えを行う」(意味:大きな功績を挙げても少しも鼻に掛けない。人に手を貸しても見返りを求めないし恩に着せない。転じて弁舌は最小限に留め、実行に重点を置くことが肝心である。)


周りを見渡すと口達者な人は結構多い。弁舌が過ぎると軽くならざるを得ない。どちらかと言うと自分もくどいほうなので、これを回避し、実行のほうを重視したい。昨今は有言実行が重要視されるが、自分は一歩下がって謙虚に振舞い不言実行のほうを重んじたい。


2、礼義之始(れいぎのはじめ 出典:礼記)

けして「礼儀」の間違いではない。 「礼義の始は、容態を正し、顔色を整え、辞令を順するに在り」(意味:姿勢や態度を正しくする。変な表情をしない。正しい言葉使いをする。礼の基本はここにある。人の外観は内面を反映するものであることを心しなければならない)


自分は安全管理という仕事柄、出先で人と接することが多いが、そんな時に気を付けたいのが言葉遣いや身だしなみである。心の乱れは外観に出やすいので、オーソドックスな身なりを心掛け、自ら進んで挨拶や声かけを行い、態度をもって誠意を示したいものである。


3、意必固我(いひつこが 出典:論語)

「子、四つを絶つ。意なく、必なく、固なく、我なし」(意味:弟子から見て孔子は物事の推察、人へのこじつけ、頑固な振舞い、自己中心的な行動が一切なかった。転じて屈託のない振舞いが精神的な余裕をもたらし、ひいては多くの人心を惹きつけ、幅広い視点を持つことが可能となる)


自分も時折頑固に陥ることがある。意地を通すのと筋を通すのでは意味が違う。自分の行動を中庸に照らし合わせて、違うと感じたらその時点で「意地を張る」のと同義と考え、思考を素直に改めるべきであろう。自己客観視の重要性を説いた言葉と解釈したい。


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横町コメント

本日は『恢恢録』に収められた55編の四字句集より三つを紹介しました。自分も現役時代に人間関係で悩んだ際に、中国古典に救いのヒントを求めたことがありました。西洋の諺辞典にもよく目を通しますが、中国の古い言葉のほうがはるかに日本の実社会に合っていることが多いようです。これは双方の倫理の根底に儒教と言う共通思想が根付いている所以と考えています。


守屋氏は時に世相を風刺しながら、独自の視点で啓発に溢れたことを述べています。これはモラルが徐々に薄らいだきた最近の政治家や実業家、サラリーマンなどにも聞かせたい気が致します。そういう意味で、多くのことで自分と似た価値観を持っていることを感じました。『恢恢録』には、他にも実践に則した四字句がいっぱいあるので、折を見て紹介したいと考えています。


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4七百横町

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