fc2ブログ

HANDEL - LARGO - PIPE ORGAN OF ÉVREUX CATHEDRAL - ARR. JONATHAN SCOTT



【コラム】リンク曲雑感
ヘンデル(1685~1759)の作曲、ジョナサン・スコット演奏のオンブラ・マイ・フOmbra mai fu)である。(昨日にアップしたばかりの曲)この一節はしたオペラセルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアであるペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われる。調性はヘ長調。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったものとされる。ヘンデルは生前に多くのオペラ曲を作ったが、没後はほとんどが忘却され、官能的な「オンブラ・マイ・フ」だけが残った。

桜の季節にはまだ早いが、禅の言葉(漢詩では劉希夷の「代悲白頭翁」)に「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」というものがある。花見に及んで桜はいつも決まったように咲くが、そこに訪れる人の顔ぶれは毎年変わり行く。盛者必衰は人の世の定めだが、年を経ることにその実感が他人事でなくなる。熟年を迎えた多くの御仁がそう感じるのではないだろうか?春に咲く桜をあと何年見られるか、今の自分はそろそろそんなことを意識し始めてきている。然らば世を去る際に悔いを残さぬよう、確と瞼に今年の桜の花の咲く様を焼き付けたい。

本日は荘厳極まるパイプオルガンの奏でるLARGOを聞きながら、そんな思いが脳裏を過っている。同時に世を去って行った諸々の故人のことを思いつつ、休日前の酒に酔っている。しらふではなかなかこのようなことを思いつかないのかも知れない。

酒と音楽の力を借りて自己を俯瞰するのは、以前から行っていたことだが、最近はその傾向が以前より顕著に増してきている。何れ自分も他人から故人と呼ばれる時が来るわけだが、その時に自分がどう思われるのか気にならないと言ったら嘘になる。この歳となって今更多くは望まないが、これには「立つ鳥跡を濁さず」という言葉しか思い浮かばない昨今の私である。その為には「七十にして己の欲するところに従って矩を越えず」の域(論語で晩年の孔子を弟子が表した様)を目指したいものである。

1ジョナサン・S

二月も半ばを過ぎた。これは今朝の出勤時における青葉区一番町と広瀬通の交差点付近の様子である。今日は時間がなかったのでカフェ・ベローチェ仙台一番町店には行かなかったが、代わりにマクドナルドで45分ほど読書に及んだ。傾向として時間があればカフェ・ベローチェ、なければマクドナルドといったところである。

2新築中のホテル前

広瀬通を過ぎブランドーム一番町(全天候アーケード)に入るとサラリーマンの出勤姿が殊のほか多くなる。その多くが若い世代の人たちである。

後何年勤められるだろうか?これは神のみの知る領域だが、どんな時にあっても気を緩めることなく、最善を尽くしたい。それは「好きこそものの上手なれ」の心境(仕事を好むだけでなく、愉しむ)に己の身を置くことだろう。

現役時代はけしてこんな考えになったことはなかった。義務感に苛まれて仕事をするのと、生き生きと仕事を続けるのでは全くシチュエーションが異なるが、今の自分は多くの紆余曲折を経てその真意が見えつつある。

3ブランドーム

幸いにも本日も一日の勤務を無事に果たせた。これは帰宅時の風景(広瀬通の交差点付近)である。本日の宮城県は風が強く各地で風速25メートル前後の強風を記録したようである。

4帰宅時交差点

横町コメント
二十四節気の雨水まで、あと三日と迫りました。みぞれ交じりの雨がそれを顕著に現わしているようです。時節柄、春先は荒天に見舞われることが多々ありますが、これを象徴する言葉が英国の古い諺「3月はライオンのようにやってきて羊のように去ってゆく」です。まだ3月になっていませんが、今日の天候の荒れ具合を見ると、早くもそんな傾向を呈し始めているようです。

本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


5六百横町
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)