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 だれあむぃ(晩酌)ぐぁ 坪山豊 奄美民謡 奄美シマ唄 


歌詞の意味
さあ、いらっしゃい、上がってらっしゃい。今夜は二人で晩酌しましょう。
太陽が落ちれば黒糖焼酎があるのさ。ならば昼の苦労は忘れて美味しく飲もうよ。
そーら、ほいほい!

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この動画は9年半前に撮影された動画となるが、とても80歳には見えない。奄美大島でかつて島唄の第一人者と言われた故坪山豊氏(2020年7月に89歳で逝去)は、船大工を営むかたわらほとんど独学で奄美の島唄をマスターしたと言う。島唄は先人の島人から受け継いだものと、アドリブで作ったものがあるが、坪山豊氏はその両方に才能を発揮した唄者であった。島唄は奄美で生まれ、その後沖縄に伝わったとされるが、奄美には我が国の島唄の原点があると言っても言い過ぎでない気がする。

坪山氏は生前NHKに何度か出演したことがあり、全国的にも知られた唄者であったが、大変徳の深い人物で、新たに台頭してきた中孝介氏などのニューミュージック系の島唄を一切否定せず、独自の路線で奄美の島唄の文化を築いた人物であった。このような曲を真似しろと言っても島人以外は出来ないに違いない。自分も十数年前に仕事で奄美大島を訪れたことがあったが、奄美は人情に溢れた島である。

坪山氏の歌い方には人生の年輪がにじみ出ているが、彼が第一人者とされた背景には彼の謙虚で誠実な人柄が影響している気がしてならない。「どうせ一度しかない人生である。然らば愉しまずしてどうしよう?」…飄々とした表情を見せながら唄う坪山豊氏には、その極意を重ねる気がする。

鹿児島県や宮崎県など南九州の方言で、「だれやめ」とは焼酎を飲む晩酌の際に、 だれ(疲れ)をやめる(とめる)という意味で使われる言葉とされる。恐らく坪山氏は苦労人なのだろう。この曲を唄うには人生修行を重ねた人物こそが最も似合うのかも知れない。

自分は彼の人徳がこの曲を一層味わい深いものにしている気がしてならないのである。休みの前に私が合わせる今宵の酒は薩摩焼酎である。それは少しでも南九州の人々の気持ちに近づきたいと考えるからである。

1坪山豊

さて、本日の金曜日の朝に立ち寄ったカフェはカフェ・ベローチェ仙台一番町店である。2月13日の地震で壊れたガラスの修理も終わり、現在は以前と全く変わらない外観となった。

2外部より

これはカフェ・ベローチェのある辻から西方向を望んだロケーションである。藩政時代は肴町と言われ、塩釜港などで水揚げされた魚が運ばれた場所である。

3肴町通

カフェ・ベローチェ仙台一番町店の2階はこのような感じになっている。もちろん人が一人でも居ればこのような写真は撮れない。

4二階内部

幸運にも一番乗りを果たした私は2階の特等席に席を取った。以前の記事で紹介した角の席である。この席に座っただけで、恰も空中遊泳しているような不思議な気持ちになるのである。

5一番町の南側

こちらは肴町方面である。歴史に彩られた旧道を見下ろすといったシチュエーションだが、実感が湧かないのは、往時彷彿とさせるものが何一つ見当たらないからである。

6肴町側

こちらは一番町の北側のアングルである。北側の二軒隣りには猫カフェ🐆もある。(笑)

7一番町の北側

本日読んだ書籍は宮城県気仙沼市出身の中国文学家・守屋洋氏著『中国名言の人間学』である。私は朝カフェのこの時間をゴールデンタイムと考え、極力時間を確保している。筆力はそう簡単につくものでないが、これは「石の上にも三年」という言葉がある通りである。

8机上

横町コメント
今週は桃の節句啓蟄(本日)というけじめがありましたが、比較的穏やかに時が過ぎ去った気が致します。荒天に見舞われた日もありましたが、三月の入りとしてはまずますと考えています。東北の太平洋側はこの時期になりますと、ドカ雪に遭遇することも珍しくありません。確率的には五分五分ゆえ、どちらもあり得ると捉えています。

それはさておき、ブロ友の皆さんはどんな一週間を過ごされたでしょうか?お聞かせ頂ければ幸いです。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


9六百七十横町
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