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初めに●

早いもので震災から十年が過ぎた。震災があってから毎年のように、福島第一原発で向かえたあの日のこと(自分は福島第一原発の中で仕事をしていた)を振り返っているが、十年が経った本日は別の視点から、震災の事を述べてみたい。実は3年前の2018年の今日、私は震災があった日の詳細な行動をブログで発表している。


とてもここに掲載できないほどのボリュームゆえ、読みたいかたは「7年前の震災当日、私の取った詳細な行動」https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-311.htmlをご覧頂きたい。

本日は震災を風化させないために、各地で様々な式典が行われたが、大切な家族を津波で失ったかたのインタビューで「今日をけしてけじめの日とは思っていない」と答えたのが印象に残った。


けじめという言葉に含まれる「考えを改める」というニュアンスを本意としない所以と思われる。十年という数字に捉われることなく、自分が生きている限りあの日のことは忘れまいという思考が「けじめ」という語彙には含まれていないということを述べたかったのではないだろうか?十年というのはただの切れのいい数字に過ぎないわけで、今後も毎日亡くなられたかたへの追悼日であることに変わりないということである。


私はこの言葉の意味を重く受け止めている。これを別な言葉で述べるならば「震災を風化させることなく今後の教訓に役立てる」ということになる。我々は亡くなられたかたへの供養の為にも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」であってはならないのである。そういう私はどうか?と問われれば、俗人の悲しさですっかりあの日のことを忘れかけてきている。それだけ煩雑な日常生活に終われてきたとも言えるが、それは都合のいい言い訳なのかも知れない。


震災で亡くなられたかたの死を無駄にしないためにも、日頃から防災に対する意識を高揚させる必要性を感じている。ところで、FC2ブログに越してきてから出来たブロ友様でIさんというかたがおられるが、Iさんは日頃から非常電源や食料や水などの確保を意識し、実践されておいでである。これは是非自分も見倣わねばならないスタンスと捉えている。


人が震災後に陥りやすい傾向●

震災の出来事(例えば目の前で家族を亡くしたこと)が起因となり、心的外傷後ストレス障害などの精神疾患に見舞われたかたは多いと聞く。そんな際に注意しなければならないのは、震災後の活動(町内での炊き出し、生活必需品の調達など)に参加しないというだけで、その人を非難してしまうことである。


心の病を患った人は外見では見分けが尽かないことが多いが、心を病んでしまった人に、なんだかんだ言うのは仁の不足であり筋違いである。逆に言えば「震災という名の高ストレスが人を切れやすくする」とも言える。震災後のストレスの発散を立場の弱いかたに向けることのないように我々は配慮する必要がある。


この話は私が建設系の講習会を受けた際に、偶然にも講師の雑談からわかったことであった。彼は町内会(宮城県沿岸部の某町)の炊き出しに参加しない人がいるということを非難していたが、恐らく非難したかたの心情や精神のコンディションを十分に察しないで、ただ感情に任せて述べたと見られる。これと似た話はいっぱいあるが、人間関係にひびの入ることだけに是非留意して欲しいことである。


1巨大津波


福島原発事故の波紋と東北への蔑視発言について●

福島第一原発の事故で帰還困難区域(七つの市町村)は全く変わっておらず、東京23区の面積の半分に相当するという。使用済み核燃料の取り出しについては2050年過ぎまで見込まれており、原発事故を恐さを如実に示している。


また福島県や周辺県の農産物への風評被害は未だに残っている。消費者が安全上の問題がないにも関わらず、購入をためらうことで稼業が成り立たず、避難先から帰りたくても帰ってこれない福島県民も多いと聞く。このあたりには放射能の数値が思ったように下がらないことも影響しているのではないだろうか?


世界有数の地震国とされる我が国が、原発をこぞって各地に建設したわけだが、そのツケが今回ってきている。我が国には福島第一原発以外に17の原発があるが、第二の福島第一原発事故を出さないためにも、我々は原発の必要性を真剣に考える必要がある。


首都圏や近畿などの人口密集地から遠ざけた原発の配置だが、その地域を日本の植民地などと心無い言葉で揶揄するのは絶対に止めて頂きたい。少なくとも大学教育に携わる二名の識者が公の場(講演会や講義)の席で「東北は植民地」と述べたことは極めて遺憾であり、文化人として恥ずべき言動と捉えている。


最後に●

震災によって失われたもの(経済、土地、文化的遺産…)は多いが、思考を180度改めるならば得たものもある。それが本日述べた教訓である。我々はこの教訓を無駄にすることなく今後に活かし、更には子孫に伝える責務がある。震災十年を向え、もう一度一人一人が「震災は忘れたころにやって来る」の真意を肝に刻むべき次期であると私は考えている。南海トラフ然り、首都圏直下然り、房総沖然り、東北太平洋沖然り、日本海沖然り、北海道東部沖然り…去る2月13日に起きたマグニチュード7・3の地震を越える巨大地震が迫ってきていると思えば、もはや他人事では済まないのである。自分も冒頭で紹介した栃木県のIさんのように、日頃から災害に備えることを切に肝に命じたい。


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2六百横町

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