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 JET STREAM : Ending (エンディング-夢幻​飛行) 


リンク曲について
JET STREAM(ジェットストリーム)というラジオの深夜放送は、かつて深夜放送四天王と呼ばれ、一世を風靡したラジオ放送であった。城達也は1967年から27年間に渡ってこの番組のパーソナリティ(司会進行)を務めた。これはJET STREAM歴代パーソナリティーの中で最長記録である。城はこの番組を降板した直後の1995年2月25日に63歳の若さで他界している。1993年12月に喉の痛みを訴え検査を受けた結果、食道癌に侵されている事が判明した。

その時点で入院して手術を受けるよう医師から勧められるが、『JET STREAM』の放送が入院により途切れてしまう事を心配してすぐには入院せず、2箇月に渡ってまとめ録りを行ってから翌年1994年の2月末に入院、3月1日に癌の摘出手術を受けた。5月に退院後も治療を受け、番組収録前に点滴を打つなどできる限り声質を保つようにしながら仕事を続けたが、癌を患う前に比べ声が擦れるなどにより本調子とは言えず、8月に肝臓への癌転移が判明してからは入退院を繰り返すようになった。

彼は納得出来る声が出せなくなったことをきっかけに、放送開始から27年間務めた『JET STREAM』のパーソナリティを1994年12月30日の放送を最後に降板した。直後に再入院するが、1995に入り病状が急激に悪化。同年2月25日、東京都新宿区の慶応義塾大学病院で息を引き取った。

私は番組のエンディングに流される夢幻飛行をバックに語る彼のセリフを涙なくして聞くことができない。「夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは遠ざかるにつれ、次第に星のまたたきと区別がつかなくなります。お送りしておりますこの音楽が美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように…」ガンを告知された彼がこのフレーズを語る際、自らの運命をジェット機の翼に点滅するランプに重ねたに違いないと思うのである。

自らがガンに侵されていることを視聴者に知られたくない。あくまでもダンディで気丈なキャラクターで自分の人生にピリオドを打ちたい。不治の病に蝕まれた彼はそう考えたのではないだろうか?人に弱みを見せない、武士のような最後だったがこれだけプロ意識を多くの人々に見せつけた人物はそうは居ない。男冥利、或いは声優冥利に尽きる最期と言えるのではないだろうか?元気なころの彼のこぼれるような笑顔が印象的である。

1城達也

あと一箇月もしないうちに今年も桜が咲く拙地方だが、本日はその下見に出向いた。向かった地点はけして名所ではない。個人的に「崖っぷちの桜」と呼んでいる桜である。50前後に降りかかった厄災で私は崖っぷちの人生を送ってきたが、この桜には自分に近い境遇を重ねるのである。この通りを真っすぐ行くと「崖っぷちの桜」がある。

2突き当り

これが崖っぷちの桜である。昨年も紹介したので古いブロ友様各位は既にご存じと察している。何もこんな崖っぷちに咲かなくてもいいように思うが、私はこの木を見る度にこの桜を切らなかった関係者各位の「仁」も重ねるのである。

3崖っぷちの桜

ご覧のように崖っぷちの桜の枝には既につぼみが培っていた。壮年を過ぎ既に老木となったと思われる崖っぷちの桜だが、老いて盛んとは誠に天晴れである。

4つぼみ

崖っぷちの桜のつぼみを見て元気をもらった自分は、帰宅してから早速晩酌の準備に取り掛かった。このところ日没が遅くなってきたのが何よりもの追い風である。ハムの盛り合わせは青葉区一番町のMia Angelaミア・アンジェラ)で買い求めたものである。

7卓上

横町コメント
終活にはまだ早いですが、63歳で他界した城達也氏のような生き様を目の当たりにしますと、終活に入ることは早いほうがいいと考えております。寿命は神のみぞ知る領域ゆえ一寸先は闇です。夜間飛行のジェット機の翼の点滅を経て、既に星になった城達也氏ですが、いずれ自分も彼と同じ運命をたどるわけです。然らば今からそのことを意識して残された時間を大切にしたいと考えております。

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8六百七十横町
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