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  馬上少年過ぐ 伊達政宗|漢詩朗読  


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私は過去において伊達政宗の漢詩を紹介したことがあった。数ある政宗の漢詩でもっとも有名なものは「馬上少年過ぐ」である。野望に満ちた彼の生涯だが、晩年近くになってからはこのような穏やかな詩も残しているのである。

ちなみに、この詩には下の句もある。それは『四十年前少壮の時功名 聊 復 自 私に期す 老来識らず干戈の事 只把る春風桃李の卮』である。

意味は、若い頃は天下に志を持ち戦いに明け暮れたが、やがて世は天下泰平になり我が身もすっかり老いてしまった。全ては過去のことである。かつての老雄は桃李のもとで酒を嗜み、穏やかに春風を愛でているというものである。春風桃李の卮という言葉から連想するのは、今の季節でもある。

若かりし頃、自分も政宗のように野望を抱いたものだった。だが五十も半ばになって、それが叶わぬ夢とわかり、これからは悟りでも開かねばと思っていた折、この句がすんなりと耳に入ってきたのである。

1馬上少年過ぐ

本日の朝はいつも通り、目抜き通りの一番町を通った。広瀬通の近くのホテルの新築現場前の電光掲示板で、現在の気温を見るのが日課である。本日の朝の気温は9度とかなり暖かかった。今年は3月末に桜が咲くらしい。仙台の桜の開花は例年では4月中旬なのでだいぶ早い。1月から2月にかけてはけして暖冬とは言えなかったが、3月に入ってから暖かい日が続いたのがその理由らしい。

2気温

北のほうを望んでみた。まだ7時前とあって人通りもまばらである。

3一番町晴れ間

カフェ・ベローチェ一仙台一番町店に到着。店の前で一分ほど待っていると店内のライトが点灯した。今日は一番乗りだった。

4開店

私は一番乗りの特典を活かして特等席(2階のコーナーの席)に座った。ここからだと一番町を俯瞰できる。店では漢詩名句辞典(鎌田正・米山寅太郎著)を読み、引用できそうな詩をチェックした。この辞典は中国の漢詩のみでなく、日本の漢詩も載っていて親しみがわきやすいのが特徴である。

5座席3

一時間ほどの滞在で店を出ると、一番町には出勤途中のサラリーマンが行き交っていた。

6一番町出勤

本日読んだ漢詩で、別な政宗の漢詩を発見したのでお伝えしたい。「図南の鵬翼 何れの時にか奮わん 久しく待つ 扶揺万里の風」である。かつて仙台市立仙台図南萩陵高校という学校があったが、その校名の由来となったのが、この詩と思われる。また高校野球の名門校仙台育英高校の校歌の歌いだしに「南冥遥か天翔る鴻鵠棲みし青葉城…」という歌詞があるが、この歌詞も「図南」同様に、若かりし頃の伊達政宗が南方に野望を抱いたことに由来するのでは?と考えている。

論拠としては政宗が母方伯父の最上義光に宛てた手紙の中で「南東北を制覇した後は、関東までもた易く手に入れてみせます」と述べている点である。この頃の彼は名門蘆名氏を滅ぼしたばかりの怖いもの知らずで血の気の多いものを感じるが、ただがむしゃらなだけでなく、北条氏と手を結んで豊臣秀吉と対抗しようとしていたのである。伊達政宗という武将の生き様を今振り返るならば、まさに策略に策略を重ねての際どい生き残りであった。

7図南

横町コメント
本日は伊達政宗の詠んだ二つの漢詩(晩年と若年時)を紹介しながら在りし日の仙台藩祖の生き様を改めて偲びたい所存です。二つの詩を聞けば、彼の心情の移り変わりがおわかり頂けるものと考えております。今の自分の心境を語れば「現役時代のように争うこともなくなったので、桃李のもとで穏やかに春風を愛でたい」といったところになります。(笑)

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8六百七十横町
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