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ALBINONI: ADAGIO - XAVER VARNUS' HISTORIC INAUGURAL ORGAN


【コラム】
ハンガリーのオルガン奏者Xaver Varnus(ザウヴァー・ヴァーナス)演奏による「弦楽とオルガンのためのアダージョ」である。荘厳を通り越した重々しい曲は自ずと人間の存在の儚さを感じさせる。作曲者はイタリアのトマゾ・ジョヴァンニ・アルビニーニ(1671~1751)で、いくつかのバロック音楽を残しているが、生涯についてはわかっていないことが多い。オペラ音楽も50曲ほど作曲したとされるが、そのほとんどが紛失し数作の曲が現存するのみである。

教会と思しき会場で彼の演奏に聞き入る人々の表情が印象的である。そういう意味でこのアダージョは、人の魂に働きかけ、瞑想にふけるような精神に導く曲と言えるのかも知れない。諸行無常の摂理は多くの場合、熟年以降に強く意識するものだが、この思想はけして洋の東西を問わず、多くの人の心に徐々に芽生えるてくるものである。

人によっては、去って逝った故人のことを思い出すかたもおられることだろう。自分がこのシチュエーションを最も重ねるのが花見である。その理由としては、劉希夷作の漢詩である「代悲白頭翁」に登場する「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」というフレーズが影響しているのかも知れない。

1ザーバー

本日の仙台は黄砂にこそ見舞われたものの、春らしい穏やかな気候で最高気温は19度まで上がった。五月上旬並みの気温である。週の中休みと言う気楽さも手伝い、私は宮城野区の榴岡公園に向かった。私は宮城野大通沿いにバイクを止めて公園内を歩くことにした。熟年の夫婦が感慨深げに桜の木、一本一本を食い入るように見つめているのが印象に残った。

自分も若い頃には一人で桜を見に行くことなどなかった。それが今となっては後何年桜の花を見れるのだろう?という気持ちが強くなった。それだけ年を取ったということになるが、桜を見ているうちにこの公園で、過去に一緒に花見をした故人(主に会社関係)の面々が脳裏に浮かんできた。

代悲白頭翁」の言葉は黄檗宗の教えにも登場するというが、それだけに今と言う刹那を大事にしなければならないのを実感するのである。今の自分は故人に対して切ない気持ちを抱くわけだが、それがいつしか立場が入れ替わり、今度は自分が偲ばれる番になる。

人間界においてはこうした営みが古今を問わず延々と続くわけだが、自分の存在などは、この連鎖のごくちっぽけな欠片にも満たないのである。私はそんな取り留めもないことを想いながら、老夫婦を追い越すことなくゆっくりと歩いた。

2老夫婦

榴岡公園は、仙台藩四代藩主の伊達綱村公が京都から取り寄せたシダレザクラなど1000本あまりをこの地に植えたのが始まりと⾔われている。近代に入り⽊々の本数が少なくなったため、枝垂れ桜の名所として甦らせようという気運が⾼まり植樹が盛んに行われた。

種類としては枝垂れ桜が多く、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヒガンザクラ、薄い⻩⾦⾊の花を咲かせるウコンザクラなど360本近くの桜があり、ソメイヨシノオンリーの花見とは一味違った花見が楽しめるのが特徴という。それにしても枝垂れ桜の枝の横の広がりには圧倒されるものを感じる。人間で言えば壮年ということになろうが、円熟味を増した咲きぶりが素晴らしく、時間が経つのを忘れるほどである。熟年となり、若年にない味を帯びてくるのは人だけでないようだ。

3枝垂れ桜

これは既に老境に入った桜のようだ。複雑なフォルムを呈する幹と枝だが、よく見ると天に登る龍にも重なるものを抱く。見立ては日本のよき文化遺産だが、水墨画にも登場するような躍動感が印象に残った。

4老木まだまだ健在

枝垂れ桜の寿命はソメイヨシノの5倍の300年とも言われるが、このような古参の枝垂れ桜にはソメイヨシノではけして醸し出せないような蒼古な趣がある。ビルとのコラボレーションもなかなか面白いものを感じる。果たしてこの枝垂れ桜は若作りをいているのだろうか?それとも本当に年を取っているのだろうか?わからないところに、奥深さを感じた。

5画面からこぼれる

正面の街並みに注目。ここから数百メートルも遮るものは何もなく、一本の道が仙台駅方向に向けて通っていた。人工的な街並みと妖艶な枝垂れ桜とのコントラストに興を感じたアングルであった。

6見通せる

和服を羽織った女性と桜は不思議なほど似合う。後姿にはしばし見入ってしまった。(笑)

7和服女性

横町コメント
本日は週の中休みを利しての桜見物でした。黄砂を少しも意識することなく、桜を見れたのはやはりこの公園の放つオーラに相違ないと考えております。(余談ですが、中世に目を移せば、源頼朝の藤原攻めの際、ここは藤原軍によって鞭館と言われる陣が張られた場所でした)以前、仙台市博物館で見た日本画に江戸時代と思しき榴岡の花見がありましたが、かつて宮城野原と言われた原野には、秋に咲く萩の他に野生の桜が存在し多くの昔人の心を射止めたのかも知れません。

本日の花見は生涯に渡って忘れることが出来ないくらいに、自分の脳裏に深く焼き付くものを感じました。最後に、かつてこの公園で一緒に花見をした5人のかたの冥福を心から祈りたい所存です。

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8六百七十横町
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