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本日は数十年前の深夜番組トゥナイトの司会を務めていた利根川裕(とねがわゆたか)氏を紹介したい。


利根川裕氏プロフィール

1927年(昭和2年)生まれ。新潟県立糸魚川中学校、新潟高等学校を経て1950年東京大学文学部哲学科卒業。東京都立上野高等学校教員ののち1959年中央公論社に入りする。

その後『婦人公論』副編集長編集局次長を歴任し1966退職作家となる。1968年「糸魚川心中」で直木賞候補、1969年「B少年の弁明」で直木賞候補。

1980年から1994年まで14年間に渡ってトゥナイト」の司会を務める

1980年『十一世市川団十郎』『ホットアングル』で日本文芸大賞特別賞、1991年『それぞれの方舟』で日本文芸大賞受賞する

1994年から1998年まで新潟経営大学教授を務める2007年大衆文学研究賞受賞。歌舞伎に詳しい。


1利根川裕

トゥナイトは1980年(昭和55年)から1994年(平成年)までテレビ朝日系列局で放送されたテレビ朝日制作のワイドショーである。過去にテレビ朝日が制作・放送していた『23時ショー』の流れを汲む深夜番組として放送開始した。


世論を反映した情報番組要素とバラエティ番組の双方を併せ持っていたが、この番組は情報面をより強化した内容で放送されていた。見方を返ればモーニングショーやアフタヌーンショーの深夜版と言えないこともないワイドショーのような番組でもあった。司会は、番組放送開始から終了まで一貫して作家の利根川裕が務めた。週4日編成で、一時間弱の放送枠であった。


番組は、1981年に始まった映画監督の山本晋也による風俗街リポートで話題となった。視聴率を上げるために、男性の娯楽雑誌的な色合いがあったのは否めない点である。一方で「未成年の性犯罪」、「薬物汚染問題やロス疑惑」、「豊田商事の永野一男会長の殺害事件」、「日本航空123便墜落事故」など、政治・事件・事故など社会的に関心の強い内容にも積極的な取材を続けた。


番組は13年半にわたって放送され続けたが、1994年4月に『トゥナイト2』と題してリニューアルされ利根川裕は司会の座から退いている


※1982年放送のトゥナイトで司会を務める利根川裕氏(左から二人目)この時の彼は55歳であった。


2トゥナイトの司会を務めた利根川裕

横町コメント
既に社会人となった私が、よく見ていた番組がトゥナイトでした。それは司会者が利根川裕氏であったことが大きく関わっています。利根川裕氏は硬軟自在の広角的な視点を持ち合わせた人物でした。深夜番組であるトゥナイトから退いてからは、新潟経営大学で教鞭を執られたこともあり、メディアから姿を消したようですが、エスプリに溢れた司会で一世を風靡した人物でした。

スマートな物腰で、山本晋也監督の風俗取材などでは、やや奥歯に物が挟まったような言い方に終始した感がありましたが、作家特有の鋭い視点を随所に見せた気が致します。まさに軽妙な名司会者と言えます。

歌舞伎や長唄などの日本の伝統文化が彼の専門分野のようですが、アイデンティティを貫いた殊勝な物言いには非凡なものを感じた次第です。ある意味でいぶし銀とも言えますが、昭和という時代が生んだ新潟出身の文化人の一人と受け止めております。

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3六百横町

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