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初めに

私は歴史作品の『我がルーツと大河北上』を書くための取材で3年前の2018年5月12日に石巻市桃生町の日高見神社を訪ねた。日高見神社けして大きな神社ではないものの、大河北上川に相応しい幽玄、且つ蒼枯な趣を感じる神社であった。


1日高見神社

日高見神社の位置を航空写真で確認して頂きたい。住所:宮城県石巻市桃生町太田11-73


2Google航空写真

本日はその由緒ある神社と故郷石巻の北上川を偲ぶに相応しい石巻の名酒日高見「希望の光 明けない夜はない」を紹介したい。日高見の蔵元は宮城県石巻市清水町の地で1861年(文久元年)に創業した平孝酒造である。

1861年というと自分の曾祖母のM(1855年生まれ)が6歳の時で、高祖母のRが33歳の時である。ちなみに、曾祖母の生まれた1855年(安政2年)には石巻に米国の蒸気船であるビンセンス号が入港し騒動を起こしている。


平孝酒造の創業は戊辰戦争(1868年~1869年)が起きる7年前のことであった。その後戊辰戦争時に新選組の土方歳三や幕府海軍の総指揮官榎本武揚が石巻に立ち寄ったのが1868年(慶応4年)のことだが、或いは往時の武士たちも平孝酒造の酒を飲んだのではないだろうか?


3平孝酒蔵紹介

日高見という地名の由来

日高見(ひたかみ)とは北上川流域の地方を指す言葉で、起源は非常に古い。日高見の名が蝦夷を示す国名として史上にあらわれるのは、景行天阜27年(97年)。日本書紀によると、武内宿弥が東国を巡り《二月十二日武内宿弥自二東国一還之奏言。東夷之中。有二日高見国一。其国人。男女並椎結文レ身。為レ人勇桿。是摠曰二蝦夷一。亦土地沃壊而曠之。撃可レ取也。》 としているが、ここに登場する日高見国が日高見の初見とされている。


奈良時代には延歴8年(789年)に行われた蝦夷との戦いに日上乃湊という地名が登場するが、これは日上川のことで、現北上川に散らばる川湊のことを指すと言われている。更に8年後の延歴16年(797年)には時の桓武天皇に上表した書に「日河之東云々」という言葉が使われているが、この日河も日上川同様に日高見川(ひたかみかわ)の古称と目されている。


古来から地名は発音が似ていることから別な字があてがわれるのはけして珍しいことではないが、東北一の大河である北上川命名の起源を遡ると、このような日高見に関わる様々な謂れが出てくるのである。


4卓上

宮城県は米どころでもある。原料米としては'ひとめぼれ'が使われている。アルコール分15~16パーセントで、日本酒度は+1~+3でやや辛口だが、非常にキレのいい酒と言う印象である。

5裏ラベル

横町コメント
清酒日高見は初めて飲む日本酒ですが、太平洋岸である郷里石巻に注ぐ大河北上に相応しい辛口の酒という気が致します。この酒は仙台の居酒屋でも名の通った酒と聞いているだけに、墨廼江(すみのえ)とともに、石巻を代表する銘酒でどこに出しても恥ずかしくない実力を感じました。郷里の酒だけにとにかく酔い心地がすばらしいです。🥰👌

連休最後にいい日本酒と出遭ったことに感動を抱くとともに、郷里石巻にちなんだ誇りがまた一つ増えた気が致します。もちろんリピートしたいというニーズを強く感じました。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


6六百横町
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