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久しぶりにGoogleアナリティクスで分析を試みたところ、意外なことが判明した。それは二年前に書いた歴史関連(郷土史)の記事に、連休中に多くのアクセスがあったことである。通常は過去の記事を読まれることは滅多にないが歴史関連の記事に関してはたまに’特需’がある。その記事は伊達騒動に関わった一人の仙台藩士(重臣)伊達安芸宗重の仙台屋敷についてである。恐らく何らかの検索ワードに拙ブログが引っ掛かったようだ。


4位と5位には、ともにユーチューバーの記事が入った。最近有益なYOU TUBEサイトを見つけた際紹介しているが、読者の多くがこの情報を望んでいるのが実感できる。YOU TUBEサイトは非常に数が多く玉石混淆の状況を呈している。それを篩に掛けて有益なサイトのみを紹介するというのが趣旨である。

1PVベスト5

本題に入りたい。私が伊達安芸仙台屋敷を訪ねたのは2019年の7月のことだった。伊達安芸宗重は宮城県北部の涌谷に2万3千石を許された重臣で、伊達騒動では重要な役割を担った武士である。生きながら戒名を得て仙台藩を守る為に殉じた彼は、後に仙台藩4代藩主である伊達綱村から「盡忠」(ひたむきに主君に忠誠を貫くこと)という書を贈られている。山本周五郎作『樅ノ木は残った』では陰謀をもみ消そうとした幕府によって斬られたとされるが、真相は定かでない。

連休中にPVが跳ね上がっている。2年も前の記事にこれだけアクセスが集中するのは、普通では在り得ないことである。或いは伊達騒動に興味を持ったかたがいろいろと調べた末に拙ブログに到達したのかも知れない。

2ページビュー

この肖像は後に作られたものであるが、涌谷城址にある胸像と面影が似ている。一説に彼は侵略された領地を守る為に、幕府に窮状を訴えたとされるが、実はそうでなく、伊達兵部(伊達政宗の十男)に乗っ取られそうになった仙台藩を見るに見かねて、幕府に訴えたのではないだろうか?

知人のKさん(ゴルフ仲間)ととも、私が伊達安芸宗重の居城である涌谷城跡を訪ねたのは2014年の5月末のことであった。

3伊達安芸肖像画

Googleアナリティクスでは滞在時間も把握することが可能である。平均は49秒だが、この記事に関しては四日間が2分以上の滞在となっている。それだけ記事を熟読して頂いた証と捉えている。

4平均ページ滞在時間

横町コメント
今回のGoogleアナリティクスの分析結果を知り、やはり歴史関連の記事には力を入れなければならないという意識を強く持ちました。書いた記事が読まれるのは数年後かも知れません。その数年後の為に全力を尽くして記事を書きたい。私はこの記事を閲覧して頂いたかたに感謝するとともに、このような考えを抱きました。

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5七百横町
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