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  Handel's Largo from Xerxes Orchestra  


リンク曲雑感
ヘンデル(1685~1759)の作曲、ゼルクセスオーケストラ演奏のオンブラ・マイ・フOmbra mai fu)である。(昨日にアップしたばかりの曲)この一節はしたオペラセルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアであるペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われる。調性はヘ長調。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったものとされる。ヘンデルは生前に多くのオペラ曲を作ったが、没後はほとんどが忘却され、官能的な「オンブラ・マイ・フ」だけが残ったとされる。

官能的な曲を拡大解釈すれば、故人を偲ぶ曲とに相応しい曲(追悼曲)とも言えるのではないだろうか?YOU TUBE上でイギリスのチャーチル首相の葬儀のBGMとしてホルストの惑星を合わせていたが、この「オンブラ・マイ・フ」も自分の中で故人を偲ぶに相応しい曲である。もう一曲だけ追悼曲そして挙げたいのがプロコル・ハルムの「青い影」である。

人の世の移り変わりは早くて儚い。そう思うと「一期一会」なる言葉の持つ重みを切実に感じるのである。長ければ数十年に渡って、短ければ一瞬のみ。人の出逢いと別れは様々だが今思い起こせばそのどれもが儚く感じられ、夢と現実の挟間が朧に思えてくるのである。あの時、こう接しておけば良かった。故人に対する後悔の念は死ぬまで残るわけだが、いずれ自分も思うほうから思われるほうに転ずることだろう。

夏至まで三週間に迫った今宵は、そんな取り留めのないことを浮かべながら、去っていった故人の在りし日を回想しスコッチのオンザロックを嗜んでいる。これからは少しでも悔いを少なくするべく、他人への仁を怠らないようにしたいものである。

1紫の花

私は一日平均で5キロのウォーキングを自分に課している。その考えに沿って、本日は仙台市街地を歩くことにした。どうせ歩くならモチベーションの枯渇とは縁のない場所を歩きたい。私が向かったのは宮城県庁と北一番丁との交差点(T字路)である。私が尊敬し止まない志賀直哉は今から117年前の明治37年(1904年)に父直温とともに山形に旅行をした。

その際、仙台の大叔母の住まいを訪ねている。小説『山形』https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-1536.htmlには、立ち寄り先である大叔母(直哉の祖父である直道の妹)の住まいが北一番丁であったと描かれている。そう言えば役人であった自分の親父の仙台勤務の際の勤め先も北一番丁であった。そのような事情もあり、私の足は自ずと北一番丁界隈へと向かったのである。正面に見えるのが宮城県庁である。

2県庁北側

城下町である仙台は戦災に遭っている。多くの古い建物が消失し、往時偲ぶものはほとんど残っていないが、平成あたりから、街のあちこちにこのような藩政時代の町名が書かれた立札が立っている。堤通は堤焼の焼き物で有名な通りである。但し焼き物の窯があった場所は、ここからかなり北に行ったところである。

3堤通立札

堤通はご覧のように、北に向かって長く続いている。途中で蕎麦令和なる蕎麦店を発見。👀なかなか面白い命名である。

4蕎麦令和前

ご覧の通り、この辺は様々な企業が事務所を構えている。官庁街が近いので動きやすいというのがメリットである。但しここは商業地域であると同時に、人々の居住区域ともなっている。

5ティエス前

昭和40年代に建設されたと思われる古い4階建てのビルを発見!何と一階にはカフェが入っているようだ。窓の部分には生け垣が植えられ、外から見えないようになっている。様々なお事情でこの店が使われたのは想像に難くないところである。

6隠れ家カフェ

もう少し北行くと、このようなスポーツジムがある。コロナの影響もあるのだろうが、経済の回復を切に祈るのみである。

7グランスポーツ前

横町コメント
自分は市街地のウォーキングを好みますが、どうせ歩くのならテーマを決めた上で、モチベーション高揚に至らしめるコースを歩きたいと考えております。本日歩いた堤町は、面影こそ残ってないものの、歴史的な薫りを感じた次第です。

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8六百横町
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