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  李白 静夜思|漢詩朗読  


以下:関西吟詩文化協会より引用
李白(701~762)の出生には謎が多い。若いころ任侠の徒と交わったり、隠者のように山にこもったりの暮らしを送っていた。25歳ごろ故国を離れ漂泊しながら42歳で長安に赴いた。天才的詩才が玄宗皇帝にも知られ、2年間は帝の側近にあったが、豪放な性格から追放され再び各地を漂泊した。安禄山の乱では反皇帝派に立ったため囚われ流罪となったがのち赦され、長江を下る旅の途上で亡くなったといわれている。あまりの自由奔放・変幻自在の性格や詩風のためか、世の人は李白のことを「詩仙」と称えている。酒と月をとりわけ愛し、それにまつわるエピソードが多く残っている。

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【コラム】
李白はけしてスマートな人生を送った人物とは言えないようだ。少なくても権力に傅ずくのが苦手なようだが、これは自分とも似ている。王淵明の如く五斗米に腰を折るのが出来なかったのだろう。才能に恵まれながらも権力にはなびかない。いっそ俗世間を捨て、仙人になったほうがましである。自分は李白に対してそんなイメージを持っている。才能的に李白とは比べるべくもない私だが、現役時代の自分は、上役にどうしても媚を売ることが出来なかった。これは親父譲りの性分なのかも知れない。血は争えないと昔からよく言われるが、今の自分の性格の相当な部分は親父から引き継いだものと言って言い過ぎでない気がしている。

天涯孤独の身であるならば、とうに完全リタイヤしていたことだろう。だが私には先祖と交わした約束がある。それは生きている限り、子孫を見守ることである。昔で言えば隠居している年かも知れないが、まだまだ現役で頑張らなければならない。今宵はそんなことを自分の胸に自問自答しながら週末の酒に酔っている。

山野に漂う夜明け前の霧が曙を迎えて一掃されるが如く、一時は暗雲立ち込めた人生の視界が開ける。これは我が人生にも言えることである。今思えば、50という人生の節目に向かえた試練の代償はあまりに大きかった。だが今思うにそ、の時の試練が今の自分の血や肉を形成してくれたに違いないのである。ゆえにその曲折はけして無駄なものではなく「無用の用」と言えるのかも知れない。後何年自分が働けるのかはわからない。それでも私は最善を尽くさねばならない。敬愛して止まない祖父母への恩愛に応えるために。

1李白

さて、本日は青葉区の電力ビルで開催されている或る書楽展の作品を紹介したい。李白の漢詩にちなんだ書である。「窓落敬亭雲」、敬亭とは敬亭山という固有名詞を指す。従って窓から眺める雲に望郷を重ねた詩と思われる。

自分も東京勤務した際にホームシックにかかったことがあり、この時の李白の心境は痛いほど伝わってくる気がする。

2李白窓落敬亭雲

横町コメント
人生苦あれば楽ありと言いますが、この先にこそ楽があることを信じて日々歩んで参りたい所存です。本日は李白の生き様に触れ、「行路難し行路難し」(意味:我が人生は険しく本当に苦しい。行く手は迷路のごとく分かれて私の前にちはだかる。自分の目標理想はいったいどこにあるのか?彼方より吹き寄せる風に乗り、荒波を蹴立てて突進する。いつしかそういう時が必ず来る。そのときこそ私は高い帆をかかげ、敢然と大海原渡ってゆきたい。)を重ねています。

明けない夜はないと言いますが、自分は人生を悲観するのを本分としません。然らば前向きに考え、今の自分にとって夜明けは目の前と解釈しています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  


3六百横町
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