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   Handel "Largo" from Xerxes   


【コラム】
ヘンデル(1685~1759)の作曲したオペラ『セルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアの一節となるオンブラ・マイ・フOmbra mai fu)である。ペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われる。調性はヘ長調。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったものとされる。多くのオペラ曲を作曲したヘンデルだが、多くが淘汰されごく一部のみが現代に残っている。その残った曲こそがOmbra mai fuである。

これまではチャーチオルガンの名手であるジョナサン・スコットの演奏のものを多くリンクしてきたが、本日は趣向を変え、別な奏者によるYOU TUBEの曲を選んでみた。オーケストラバージョンも素晴らしいが、チャーチオルガンで奏でるオンブラ・マイ・フ(通称:Largo)は特別なものがある。この曲を聞きながら、今までの人生を振り返るのも悪くないが、自分の場合は去っていった故人のことが回想される。

己が未熟ゆえに、仁を尽くせぬまま死に別れるのはとても辛いことである。「後悔先に立たず」と言うが、この荘厳な曲を聞く度に、自分心の中に様々な懺悔の心が生まれるのである。あの日にもう一度だけ戻りたい。せめて夢の中でもいい。今宵はそんなほろ苦いことを思いながら、ダブルの濃いスコッチウイスキーを味わっている。ああ、もう二度とそのようなことは繰り返すまい。

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トチノキ林を訪ねて】
本日の午後、私は久しぶりに青葉区小松島のトチノキ林を訪ねた。ヘンデルLargoのシチュエーションでは、ペルシャ王が「プラタナスの木陰」を愛でるものだが、本日訪れたトチノキ林にはそれに近いものを重ねた。既に夏至も近いが、落葉樹であるトチノキは既に新緑の様相を呈している。公園内には私の他に二名の先客がいた。

1バイク

トチノキの苗は明治15年(1882年)に植えられたとされる。今から140年近く前にこの場所にトチノキを植えた先賢の叡智には畏敬を感ずる。トチノキの実はそのままでは食べられないが、火を通せば食用に供するものとなると言われるが、縄文期においては貴重な食糧源であったに違いない。

2説明書き

敷地の南東側にはこのようなモニュメントが存在する。子供がウサギと対話する。メルヘンチックな構図だが、自分の幼少期に受けた様々な感動を思い起こさせるような不思議な気になった。

3モニュメント

敷地の西側に行き、林の全体を見渡せる場所からシャッターを切った。午後の強い日差しがトチノキ林に照りつける。

4道路付き全景

公園内に居る二人の人物の近くをさりげなく通過した。一人は立ったままスマホ操作に夢中な二十代と思しき若者であった。もう一人は自分と同年代の人物でベンチに腰掛けほとんど動かない。何か悩みでもあるのかも知れない…

5林の中

私は林の中に佇んで上空を見上げた。天空を遮るようなトチノキの葉が印象的だった。

6天空を覆う

地面を見ると多くのトチノキの実が転がっている。今は壮年と思われるトチノキもやがて寿命が尽きれば、朽ち果てるに違いない。だが次世代には命と引き換えに己の遺伝子を託す。私はその様に宗教における輪廻転生を重ねるような気がした。

7地面

横町コメント
本記事は去る6月13日にモード(新旧)を取り違えて掲載しそこなった記事に再度トライしてみました。今度は最初から新モードを使ったので大丈夫かと捉えています。読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。

このトチノキ林に足を運んだのは何年ぶりなのか?記憶が定かでありませんが、セカンドライフに入ってからは二度目か三度目?と捉えています。有史以前の人間がこれまで歩んできた生の営みを重ねます。石器時代や縄文時代には貴重な食糧源としていたトチノキの実に対して、親しみのようなものさえ感じます。生き延びることが極めて容易でなかった人類の黎明期、食生活の一部を担っていたのがトチノキゆえ、この日得られた印象は捨てがたいものがございました。我々のルーツをたどればトチノキは生活に欠かせないものだったのかも知れません。

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8六百横町
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