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ヘンデル-司祭ザドク(コロネーションアンセム)- ジョナサンスコット


【コラム】
『ジョージ2世の戴冠式アンセム』は、ドイツ出身でイギリスに帰化した音楽家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが、1727年にイギリス王ジョージ2世の戴冠式のために作曲した戴冠式アンセムである。4曲からなり、第1曲目の『司祭ザドク』は、歴代国王の戴冠式にも演奏される。

国王の戴冠式にも演奏されるだけあって格調高い曲だが、これまで刻んできた我が人生を重ねるにも悪くない曲と受け止めている。この歳になって因果応報を強く感じるわけだが、これは数えきれないほどの紆余曲折を経てようやく悟ったことである。徳のある人物の周りには多くの人が集まる。但し集まる人は何も徳にばかり集まるわけでない。利を求めて群がる御仁も多い。

徳がなくても利があれば、人は寄ってくる。但し利によって作られた人脈は利を失うことで自然消滅に向かう。能力主義の時勢となった現在、徳がなくても出世した人物は多いが、そういう人物の多くは定年を迎えてから、取り巻きが一気に離れて行く。それに比して徳のある人物は定年しても取り巻きが存在する。

現役時代の私は自分自身のハエを追うのが精いっぱいで、とても「利は徳に如かず」という普遍性を認識するには至らなかった。その代償は大きなものがあるが、一生それに気づかぬまま人生を終えるよりは、まだよかったのかも知れない。先のことはわからないが、或いはセカンドライフに入ってからの人脈のほうが現役時代より大きなものになるのかも知れない。

意固地だった自分に変革をもたらせた思想が儒教であった。今でも私は論語を愛読しているが、これほど奥の深い著も少ない気がする。人生には様々な試練が待ち構えているが、要は人間というものの普遍性を知ることである。これによって苦難や災難がけして自分だけのものではないということを知る。そこで考えるのがネガティブからは何も生まれないということである。他人を変えようと思う前に先ずは自分が変わる。これによって新たな視点が芽生えてくる。

私はこれに気づくまで、今まで相応の授業料を払ったが、今は物事の多くをポジティブに考えることで、新たな境地が開けた気がする。ネガティブなことを口にすれば負のオーラに苛まれるが、正のオーラを発すれば徳が徳を呼ぶ(論語で言う「有隣」)ことになる。日曜の夕刻となった今はそんな取り留めもないことを心に思い浮かべながら、ジョナサン・スコットが奏でる格調高い曲に酔っている。

1ジョナサン・スコット

このところ、梅雨らしい日が多くなってきている。今日は一日中青空が望めない天気であった。図書館から借りていた本の更新のため、私は定禅寺通の仙台メディアテークに向かった。今回借りた本のほとんどは郷土史に関する資料であった。文芸誌に連載している歴史作品の執筆を意識してのことである。

2ホテル定禅寺

傘をさすか否かを考えるような弱い雨足であった。こういう時は折り畳み傘が有難い。

3小雨模様

7月に入りそろそろアジサイも終わりだが、街角の花壇にはアジサイが咲いていた。

4アジサイ

私はこのような路地を歩くのがゾーンである。小雨のしとしと降る中、西公園に向かって小路を歩いた。

5ドン・キホーテを西から望む

西公園に着いた。対岸の川内地区は住宅地となっている。東北大学や美術館、博物館が建ち並ぶ文教地区である。太平洋戦争後は米の進駐軍が陣取った。その前の日清戦争の頃は軍が居座った場所である。

6川内地区

横町コメント
小雨の中を歩くのはそれなりにモチベーションをキープしなければなりません。今日の自分にモチベーションをもたらしたのが仙台への郷土愛であり、ビルウォッチングという趣向でした。動機づけのないウォーキングの多くは長続きしませんが、自分の場合は少なくとも動機づけには不自由しないと自覚しております。

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7六百横町
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