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  池波正太郎 人間は一椀の味噌汁を味わうだけで生き甲斐を感じる 

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民放テレビ番組「知ってるつもり」の池波正太郎(1923~1990)の一場面と思われる。池波正太郎は私の好きな作家である。剣客商売や鬼平犯科帳は時代劇でありながら、往時の社会の実像に迫ったものが多い。時代劇は加減が非常に難しい。但し、仕掛人・藤枝梅安などのように’やらせという要素’が多過ぎれば娯楽作品的な傾向(あまりにも俗っぽい)に走るものとなる。このような理由から、同じ池波の作品でも藤枝梅安はパスしている。時代劇に何を求めるのかは人それぞれだが、自分としては娯楽時代劇的な方向性は求めておらず、真面目モードの池波の作品こそがゾーンなのである。

生前の彼は下町の飲食店を飲み歩くことが多かったという。蕎麦屋や料亭にも足を運んだものと察している。単なる食道楽というものではなく、彼のことゆえ、例え飲食の中であっても、これから執筆する作品へのヒントを掴もうとしていたということだろう。彼の描く対象は庶民的なものが多かった。士農工商という身分に捉われず、往時の人たちがどんなことを考え、何を生き甲斐として生きていたのかを彼は真剣に考えたに違いない。

そのような彼の真摯な姿勢が私を惹きつけて止まないのである。インタビューに答える彼の話を聞いて頂きたい。作品にも登場するように、往時の人々がどのような食文化に接していたのかは大変気になるところである。人が生を営む礎になるのが食べ物である。彼に言わせれば人間は食べることで生き甲斐を感じるように出来ているという。

1池波正太郎

「光陰矢の如し」、「命短し」とは昔からよく言われてきたことだが、死ぬ時はアッという間に来るというのは、火を見るよりも明らかなことである。但し若年時においては、なかなかその実感が湧かない。多くは熟年を向かえてようやく気付くことである。満67歳で世を去った池波だが、もう少し長生きして人々の心の奥底に響くような作品を残して欲しかった。

2死ぬ時っていうのは、アッと言う間

それはさておき、一昨日の28日、土用の丑の日にちなんで伊達庵の鰻弁当を食べた。伊達庵は青葉区国分町に拠点を置く飲食店である。非常にシンプルなメニューだが、素材の鰻(脂が乗り切っている)が素晴らしく、店の良心を存分に感じた。’タレ’にはみりんが多量に含まれていたが、味わえば味わうほど、口の中でとろけるかのような至極を感じるのである。

3鰻弁当

横町コメント
食生活は人と切っても切れない縁を感じさせます。池波正太郎の作品多くには食事シーンが出て参りますが、それだけに庶民的目線を感じます。彼には戦争経験がありましたが、教官の暴力的な教え方に反感抱き、苦しんだとされます。

その後この時の経験が、後の彼の作品に多大な影響を及ぼしたものと察しております。恐らく彼は自分を苛んだ国家権力(とは言うものの、上官の恣意性にも苦しめられたと推察される)に対して、いつしか見返してやりたいという気持ちが芽生えたのではないでしょうか?旺盛な執筆への動機は司馬遼太郎とも酷似している気がします。筆力があっての時代劇執筆です。彼の作品は時として権力への反抗をテーマとしますが、このあたり非凡な才能を重ねます。

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4六百横町

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