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  VAN HALEN - JUMP (LIVE) - 04/02/2015  


【コラム】
ヴァン・ヘイレンは米国西海岸におけるアメリカンハードロック(ヘビメタ)系バンドの先駆者とも言われる。ボーカリスト(左)のデイヴィッド・リー・ロスは作詞家であり、作曲家でもある。曲の収録は2015年であるが、デイヴィッド・リー・ロスの足の上がり具合に注目👀61歳という年齢にはとても思えないほどの柔軟性を保っている。

ハイテンションなフリは若い頃と少しも変わっていない。一方顎鬚を生やしたギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレン(右)は、惜しくも昨年(2020年)の10月に亡くなっている。65歳であった。従ってこの動画は亡くなる5年半前のものである。謹んで彼の冥福を祈りたい。

私は現役時代(30代~50代)に建設業という仕事柄、よく地方出張を経験したが、未だ見ぬ地方の夜の酒場(スナックやパブ)を訪ねて、カラオケでこの曲を歌うことが度々あった。如何にモチベーションを保つかが勝負であったが、そんなシチュエーションで受けたのがヴァン・ヘイレンJumpであった。

洋楽でありながら、この曲が歌えない酒場というのは一つもなかったと記憶している。これほどポピュラーな洋楽も少ない。山形の置賜地方、秋田の内陸地方、下北半島のとある酒場(青森県むつ市)でも、この歌をよく歌った。厳寒期のむつ市はアイスバーンの中ゆえ、宿と酒場との往復の手段はタクシーか運転代行である。今宵は懐かしさに駆られながら、ヴァン・ヘイレンの代表曲に酔っている。合わせる酒はもちろんウイスキーのオンザロックである。

実は2015年以来、バンド活動は一切行われていないと言う。であれば、このJumpが最後のJumpになるのかも知れない。

1ヴァン・ヘイレン

さて、画像は昨日撮影した仙台市西部の絶景ポイント国見峠から撮影したものである。すぐ近くに逃げ延びた北条の落ち武者が、一時住み着いた寺(臨済院)があったが、差し向けられた追手によって包囲され、集団自刃に追い込まれたという悲劇があったとされる。これは故郷土史家の三原良吉氏(1897~1982)が伝え聞いたとされる話だが、今となってはこの話を知るかたのほとんどが亡くなり、書状なども残ってないゆえ想像に委ねるしかない。「歴史は勝者によって書き替えられる」とよく言われるが、このような話は他にもいっぱいあるのではないだろうか?

正面に見える山々は七ツ森と言って仙台市の北西部に見える伝説を帯びたスポットである。はっきりと六つの山が確認できるが、半年前に息子と登った鎌倉山も見えているのかも知れない。

2七ツ森

この辺りで標高は220メートルあると言われる。遠くは石巻市の牡鹿半島(直線距離にして70キロ以上)まで望める。石巻市は私の出身地でもあるが、伊達政宗の命を受けた仙台藩士支倉常長が408年前に船出したスポットである。

3牡鹿半島

少し坂を下った辺りからのロケーションである。それでも標高は200メートル弱はあると察している。緩やかな丘陵から太平洋を東に臨むシチュエーションはシアトルやロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴなどのアメリカ西海岸とは逆パターンだが、十分にそれを意識するものを感じさせる眺望である。仙台湾の沖にはフェリーやタンカーなどの大型船がはっきりと確認できた。

5オーシャンビュー

Google3D立体画像で画像を撮影した地点(赤の矢印)を確認して頂きたい。

6Google3D立体画像

横町コメント
仙台市は太平洋側気候の恩恵を受け、四季を通じて過ごしやすい地域です。関東平野広さには及ばないものの、東日本ではそれに次ぐ広い平野(仙台平野)も有していて、これが米どころ(司馬遼太郎に言わせれば巨大な米穀商)にも繋がっています。まさに開放感に満ち溢れ、山あり、川あり、野ありという申し分のない立地です。儒教思想を心の拠り所としている自分としては、お国自慢は慎まねばなりませんが、画像からそのような印象を感じて頂ければ幸いに存じます。

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6六百横町

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