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明後日の9月27日に振替休日を取ったので、本日から三連休となった。初日の本日は飲酒に対して自分がどんな価値観を持っているかについて、陶淵明の心境を引き合いにして綴ってみたい。私が彼に共感を抱いた理由として、宮仕えには向いていないという点である。「五斗米の為に腰を折らず」は私の理想だが、なにせ家族持ちの身ゆえそれはかなわなかった。40代前半で宮仕えを止め、故郷の田園で悠々自適な生活を送った彼には、時代は違っても羨ましいものを感じるのである。

1陶淵明

陶淵明プロフィール

陶淵明中国の六朝時代の詩人である。若い頃は意気盛んで、29歳で江洲祭酒(学校行政をつかさどる長官)になったが、官吏に馴れ染まず出仕と帰郷を繰り返し、41歳で辞職してからは、故郷で田畑を耕す生活を送った。若い頃から世俗に流されることなく、著名な『帰去来の辞』は、最後の辞職のときに作られたものである。故郷の田園で自適の生活を送った彼の詩は、多くの人々に親しまれ、「古今隠逸詩人の宗」と評される。主な作品として、『飲酒』と題する二十首、『桃花源記』『五柳先生伝』『帰園田居』などがある。


陶淵明といえば、田園や隠逸、反俗といったイメージとともに、酒のイメージが欠かせない。酒を歌った中国の詩人としては、李太白と並んで双璧とされる。 本日紹介する『飲酒』は陶淵明が42歳ころの作品とされる。飲酒』の中では其五がもっとも有名だが、本日は其一を紹介したい。


2陶淵明:飲酒其一

日夕歡相持(にっせきたのしみて、あいじす)

栄枯盛衰は定まりなく、人はそれぞれに栄えたり衰えたりする。秦の邵は瓜で働いているが、これがかつて東陵公だったと誰が思うだろうか、別人にしか見えない。寒暑が四季とともに入れ替わるかの如く、人にも浮き沈みがあるのだ達人はこの理を悟って、疑うことがない、だから一樽の酒とともに、日夕気ままに過ごすのがよい 。さあ、こせこせとすることをやめ、今を楽しもうではないか。


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自分は定年退職間際の一年半を運よく田舎で生活することができた。(宮城県南部の亘理町にアパートを借りて、福島県相馬市に通勤)東京転勤がもとで、不調に陥った自分としては願ってもないことであった。亘理町は海山に恵まれた地域ゆえ、朝夕の通勤(バスと電車)や休日の散策が私の心を癒してくれた。その恩恵は計り知れないものがある。


今宵は相馬時代の自分を思い起こしつつ、晩酌に興じている。酒の肴は初物の栗である。青葉区立町の露店でウォーキングのついでに求めたものである。秋の味覚で山の幸と言えば栗が思い浮かぶだけに、四季のある国に生まれたことと自然の恵みに感謝しながら有難く頂いている。


3漢詩を読みながら晩酌

皮で覆われた栗の実を剥くのは面倒だが、その面倒を通り越したところに大きな存在を感じるのである。ごく普通の栗だが、その普通こそが尊いと心得る。日本酒との相性は抜群である。酒を愛した中国詩人である陶淵明や李白白楽天の心境(酒を飲んで憂さを晴らす)はよく理解できる。

4二つに切った栗

横町コメント
こういう飲み方も日本酒の楽しみ方の一つと考えています。実は本日からブログのカテゴリーに「漢詩と酒に我が人生を重ねる」を追加しました。自分にとっては漢詩も立派な酒の肴であるからです。自分は完全リタイヤすることで、初めて陶淵明の心境に近づけれるのかも知れませんが、今からその時を心待ちにしています。

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5六百横町
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