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本日、私は青葉区川内の阿部酒店に行って或る地酒を求めた。その酒とは私の出身地石巻の清酒である。阿部酒店は宮城県の地酒に特化した酒店である。

1阿部酒店

この酒「墨廼江」辛口(本辛)が本日買い求めた地酒である。

2一升瓶

石巻の墨廼江酒造は私の生家とわずかしか離れていない場所にある。墨廼江酒造は1845年(弘化2年)創業した。蔵のある住吉地区は昔より水を司る神様を祭った墨廼江神社(現・住吉神社)があり、北上川西岸地区一帯は古来より墨廼江町だった。海産物問屋と穀物問屋を営んでいた澤口家が、「墨廼江」を酒名にして酒造りを行っていた商家より蔵を譲り受けて酒造業を開始した。

1845年と言えば自分の高祖母Rの少女時代の頃と察している。生家と墨廼江酒造は近かったので、高祖母がどんな関わりを持ったのか興味深いものがる。

3千石町墨廼江酒蔵

私が生を受けた場所は横町と言われたが、昭和40年代に町名が変更になり千石町となった。

4ラベル千石町

墨廼江と住吉は同じ意味を持ち、日本全国に点在する住吉町は海や川に面するところにあるようだ。(松本健一著・司馬遼太郎が発見した日本より)更に住吉は安曇野の「安曇」(あど)とも似ており、日本に辿り着いた海洋民族が関わっている地名と言われる。

何れにしても「石巻に於ける墨廼江」(旧北上川河口西岸:右岸)は謎の多い地名であり、インターネットでは墨廼江酒造しかヒットしない。墨廼江酒造関連以外で、この地名を唯一彷彿させるものが生家近くを流れる墨廼江堀である。墨廼江堀蛇田かいこほりとも言われたが、北上川の支流とされた墨廼江川と同一なものらしい。蚕(かいこ)と言えば思い当たる節がある。それは自分の曾祖母であるMが養蚕業に携わったらしいという話(従妹から聞いた話)である。

5墨廼江堀

万感を胸に抱き、今宵は郷里石巻の地酒で晩酌を嗜んでいる。本辛だけあって本当に辛い、フルーティーとは言えないが、飾らない中に深みのある酒である。

7卓上

これは在りし日の祖父と自分の幼少期のスナップ写真である。曾祖母Mに子供がなかった為に養子に入り、運送業や菓子店を営みながら苦労の末に三人の子供を育て上げた。然らば、我が祖父こそは横町家中興の祖といってもいい人物である。祖父の人柄は朴訥で一本気のところがあったが、従妹から見た祖父は結構ユーモアを解する心もあったという。私から見た祖父はどんなときも笑顔だった記憶がある。

祖父のエピソードに関しては過去の記事にも書いているが、とにかく酒好きで1年365日酒を飲んでいたと記憶している。ここで酒を飲んだ際の祖父について印象を問われるのならば、どんなに飲んでも悪態をつくことは一度もなかったということである。祖父は厳格でありながら豪放磊落な面を持ち合わせた人物であり、尊敬に値する人物である。そんな祖父だが、晩酌においては恐らく辛口の地酒墨廼江を好んだのでないだろうか?

8祖父と私

横町コメント
季節もすっかり良くなったので、近いうちに是非石巻の生家跡を訪ね、祖父の生き様を偲びたいと考えています。もちろんかさ上げ工事の終わった住吉神社とセットで考えています。

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9六百横町
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