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 宮城県の歴史 昭和の風景②東二番丁通 定禅寺 名掛丁 新伝馬町 大町 


リンク動画について
白黒の画像は1960年代後半、カラーの画像は1970年代半ば頃(車の型から推定)と思われる。それにしても懐かしい。家庭用ビデオが登場する前なので、動画は16ミリカメラで撮影されたものと思われる。

これは現在の東二番丁通である。すっかりオフィスビル街となっているが、電力ビルを目印に見て頂ければ比較的わかりやすい。方角的には南側から北側を望んだアングルである。

1東二番町通

動画から引用した画像は60年代後半と思われる。東二番丁通に電力ビルが建ったのは1960年(昭和35年)のことだった。東二番丁通と交差する青葉通は仙台駅と仙台城を結ぶ大通りである。この頃は高層ビルが非常に少なかったことがよくわかる。まさに発展途上の仙台市街地である。

2昔の東二番丁通り

これは現在の定禅寺通である。女流歌人の河野愛子が「パリと似ている」と述べた欅並木を有する通りである。

3定禅寺通り

70年代前半と思しき定禅寺通である。中学生が写生をしているようだが、のんびりとした雰囲気が伝わってくる。

4昔の定禅寺通り

これは現在の中央通である。今は車両は進入禁止で通行は歩行者専用となっている。

5中央通り

70年代前半と思しき中央通。往時は車が通れる道(但し一方通行)で。歩行者は両側の歩道を歩いている。今のこぎれいな中央通りとは異なり、雑多な印象を受ける。百貨店の他、書店、映画館、雀荘、パチンコ店などがひしめくように存在し、娯楽には事欠かない街であった。

6昔の中央通り

横町コメント
YOU TUBEでこのような動画を発見しリンクに至りました。古くから仙台に住んでいるかたには懐かしい画像と受け止めております。東二番丁の辺りはほとんどが戦災に遭いましたが、戦後の都市計画で整然とした街に生まれ変わりました。雑多な印象を受ける中央通ですが、モータリゼーション黎明期の往時とは言え、歩行者主体でないところに時代を感じます。

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7六百横町
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