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Hasekura Tsunenaga the Samurai Ambassador to Europe in 1615


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昨日の10月28日で、支倉常長が仙台領月浦を出航して408年が経つ。自分は出航400周年を迎えた2013年に支倉常長に関する歴史小説『金色の九曜紋とともに』を書いた。あれから早いもので8年が過ぎた。歴史小説は自分が主人公に成りきるくらいの気持ちがないと書けない。それだけ大きなモチベーションが必要である。自分にとっての救いはブログを通して作品を読者に読んでもらうことであった。

その後、みちのく春秋の元編集者である井上康氏と知り合い、文芸誌への掲載が決まった。その時から、私は後戻りできないという気持ちを抱き続けている。創作に携わる者は書けなくなったら全てが終わる。私はいい意味で自分にプレッシャーをかけ、そのように言い聞かせて、様々な作品と向かい合っている。時にエッセイ、時に自叙伝、時に啓発書とテーマには困らない。それはこれまで歩んできた人生がけして平坦なものでなかった所以である。

支倉常長は自分が創作活動に携わるようになった原点の人物である。成りきると言うと尋常でないものを感じるかも知れないが、躁鬱病においてはさほど珍しいことではない。自分が鬱病になったのは明らかにマイナスだったが、その後において病状が躁鬱病に転じたことについて、私はマイナスを帳消しにするほどのアドバンテージを感じている。

成りきりがなければ歴史作品を書くのは難しい。然らば、過去において自分が躁鬱病に陥ったことも、けして悪いことばかりでないと考えたいのである。奇しくもこの作品を書く動機に繋がったのは、2007年12月27日にNHKの総合テレビで放送された”その時歴史が動いた”の「伊達政宗 天下に旗をあげよ ヨーロッパにかけた夢」を見たことがきっかけであった。そして翌年の2008年の春先、突如私の病状が鬱(低迷)から躁(ハイテンション)に切り替わったのである。

1支倉と犬

本日は昔で言えば花金である。私は帰宅時いつものように広瀬通に差し掛かった。季節は秋から晩秋に変わろうとしているが、仙台は東北でありながら太平洋側気候の恩恵でまだまだ暖かい。

2広瀬通

帰宅時の関心は、飲食店街がどれだけ賑わいを取り戻したか?という点である。長い間、コロナへの対応で辛抱を強いられてきたが、ここに来てこのようなネオンを見ると何か安堵するものを感じる。

3広瀬通ネオン

外に面したところにカウンターを構えた店である。昔の屋台のような雰囲気を醸し出しているのが印象に残った。

4戸外カウンター席

路地を抜けて一番町に出た。緊急非常事態やまん延防止等措置も解除され、コロナ前の街の顔に戻りつつあるのを如実に感じた。

5ツルハ前

仙台三越前である。ここまで戻るのに長い道のりであったが、明けない夜はないという心境で、じっと我慢してきた甲斐があったという気がする。

6三越前

横町コメント
コロナの収束(ウイルスの性質から言って終息ではありません)は万人の願いでもあります。それがいよいよ間近に迫ってきたと言えるのではないでしょうか?今宵はそれを祈願して週末の美酒に酔っています。

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7六百横町
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