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一昨日の11月7日、私は郷里の石巻を訪ねた際に、或る小さな神社に立ち寄った。神社の名は縄張神社である。折しも七五三と思しき家族連れがお参りに訪れていたようで、微笑ましいものを感じた。祖父母と母親に連れられた女の子の表情が可愛かった。🥰

1七五三

縄張神社の由緒を語るならば、江戸時代初期まで遡らねばならい。祀られている人物は我が祖父方のルーツ一族が仕えたとされる仙台藩士:川村孫兵衛重吉である。彼は石巻の英雄でもある。

2文字

川村孫兵衛重吉(1575~1648)は天正三年長州(山口県)に生まれた。毛利家に仕えたが、浪人となり、二十代前半伊達政宗に抱えられ家臣となった。治山治水に優れた技術を発揮して政宗の命令で北上川改修工事の責任者となる。工事は1616~1626の十年余りに至り、工事費捻出のため自ら借財に及ぶ。工事現場に泊まり込むなどして労苦を重ねた。

この大改修により石巻から盛岡に至る舟運が開かれ、葛西家滅亡後寒村に過ぎなかった石巻は一躍米の集散地となる。河口周辺には仙台、盛岡、一関、八戸各藩の米蔵が立ち並び、江戸へ米を運ぶ千石船が往来繁栄を極めた。治水に伴って流域では三十三万石余の新田開発も行われ、地域の発展に多大なる恩恵をもたらす。工事完成後は石巻(現大街道地区)に移り住み、慶安元年(1648年)74歳で世を去った。

3川村孫兵衛銅像

縄張神社はこじんまりとした神社であるが、孫兵衛が測量の際に使用した縄を納めた神社とされる。

4社殿

川村孫兵衛は”私”を捨て、私財を投じて仙台藩の為に身を捧げた人物であった。

5説明板

縄張神社の位置をGoogle3D立体画像で確認して頂きたい。住所は宮城県石巻市千石町2−51となっている。私の生家(横町)とはいくらも離れていない。

6Google3D立体画像

縄張神社新田町側からもアプローチ可能である。現在、周囲はマンションで囲まれているものの、川村孫兵衛ゆかりの神社として大きな存在感を放っている。

7南側路地

横町コメント
一昨日は住吉町の住吉神社(大島神社)のことを書きましたが、本日は住吉神社よりも更に小さい神社である縄張神社(千石町)にスポットを当てさせて頂きました。マイナーな神社ながら、川村孫兵衛ゆかりの神社としてお見知りおき願いたい所存です。

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8六百横町
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