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 9分で簡単に分かる!】夏目漱石の生涯!!! 


リンク動画について
夏目漱石の秀でた文才は多くの人が認めるところだが、このYOU TUBE動画は漱石の49年の生涯を超特急(9分)で説明している。時間のあるかたはご覧頂きたい。漱石の幼少期は、その後の波乱万丈な人生を彷彿とさせるようなものがあった。肉親との別れや養子先でのアクシデントは不遇と言うしかないが、波乱万丈な幼少期~青年期の実生活での出来事がその後の漱石の作品のヒントにも繋がったようである。

1幼少期

漱石の躁鬱病(動画では神経衰弱と表現)は有名だが、それだけではなく目の病気にも悩まされていたようである。頭脳明晰だった彼は帝国大学(東京大学)に入学し英文学を学んだ。このことが彼の青年時代に大きな影響を与えた。後に愛媛の松山に英語教師として転任することとなる。

2青年期

彼の人生に最も大きな影響を与えたと思われることは1900年に33歳でイギリスのロンドンに留学したことである。これは国の方針(富国強兵に当たっては知識人の育成が不可欠)でもあった。

3ロンドンに留学

ロンドンでの留学生活は貧困と孤独に苛まれ。結果的に彼を追い込むこととなった。自殺せずに日本に帰ったことで、彼に新たな転機が訪れることになる。留学時には妻に手紙を書いたようである。但し、愛する妻には自分の弱みを悟られまいという内容であった。

4ロンドンでの挫折

帰国した彼は持病に悩まされながら、俳句や水彩画の趣味に勤しむことで、一度は病んだ精神を徐々に回復して行った。過去においてNHKの歴史ヒストリアで「漱石先生と妻と猫」が放送され、2016年には、それにちなんだ記事を書いたことがあった。https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-782.html

5小説を書くまで

1905年、1906年には相次いで作品がヒットした。これによって夏目漱石は著名な作家としての座を揺るぎないものとして行った。

6坊ちゃん

これは本日せんだいメディアテークから借りて来た「漱石詩集」である。漱石の文才は小説のみでなく、漢詩の才能も高く評価されている。このあたりも他の作家と一線を画すところである。過去の記事で紹介した漱石の漢詩を再掲載したい。

「閑却す 花紅柳緑の春 江楼 何の暇ありてか芳醇に酔う」

意味:花は紅に染まり、柳が緑にけぶる春であるのに、人々はそれを忘れたかのように川のほとりの料亭で美酒に酔っている。そんな暇があるものだと呆れてしまう。


胃潰瘍を患い健康に自信のなかった漱石の句は酒好きの中国の詩人にない面(酒飲みに対する風刺)を感じる。一説に、愛人と別れた後の寂寥感を秘めた句との解釈もあるようだ。


7漱石詩集

横町コメント
漱石詩集」に軽く目を通しましたが、彼の仏教思想への傾注も感じる詩集です。常に自分を俯瞰しようという姿勢が見え隠れする作品が多いようです。明日からはカフェなどで「漱石詩集」を読み、執筆への追い風としたい所存です。

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8六百横町
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