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 Toto - I'll Be Over You (Live At Montreux 1991) [Official Video] 


【前書き】
私小説を書くには制限がある。それは柵に対する配慮である。自分の場合は現在セカンドライフで某企業に勤めているが、現役時代に在籍した企業との柵も徐々に減り、そろそろこれまで封印してきた多くのことを書いても差支えないシチュエーションになってきた気がする。

本日はその口火を切って、今は亡き上司Sさんとの津軽での思い出のことを書きたい。Sさんが亡くなられたのは2011年の4月で定年を迎えたばかりの時であった。出張先の青森に上司である故Sさんが泊りがけで来た際に、雰囲気のいいカウンターバーに飲みに行ったのである。その時に私がカラオケで歌った曲がこの曲であった。仕事場からは晴れた日(と言っても四五日に一日程度しか好天には恵まれなかった)に、このように津軽富士(岩木山)が望めた。

時に吹雪の日もあったので、たまに顔を見せる津軽富士の優雅な姿を見ただけで、モチベーションが上がった記憶がある。地獄で仏と言ったら少し大袈裟になるが、時に氷点下15度にもなる気温には悩まされた記憶がある。(手前はリンゴ畑である)目出し帽を被ったのはこの時が生まれて初めてであった。耳を守らないとたちまちしもやけが出来てしまう気温である。数年後にもっと北の津軽半島の仕事場(やはり厳寒期)を経験した私だが、その時でさえ、こんなに温度が低くなるということはけしてなかった。

1津軽富士

仕事を終えた私は上司を行きつけのバー(弘前市中心街のJビル)に案内した。ママは30前後と若く、スタッフとして20代半ばの女の子が二人いた。三人とも津軽美人ということもあって、評判となり、週末は工事関係者などで賑わっていた記憶がある。(画像はインターネットから引用したイメージ)

2カウンターバー

この店のママはゴルフをする。時に客の誘いにも応じる。そのようなこともあり、話題はゴルフに関することが多かった。仕事の話などは勿論野暮であり、それはSさんも私も十分心得ていた。Sさんは自分のことを話すよりも人の話を聞くのが上手かった。それだけに女性からもてた。この時既に50代半ばを過ぎていたがダンディーな印象だった。

Sさんからは寒中見舞いということでバランタイン17年を入れて頂いた。私の最も好きな酒である。私は人生の大先輩であるSさんの人柄(とにかく器が大きい)に魅了され、改めて敬愛の念を深くした。Sさんは日本酒なら5合は軽くいけるほどの酒豪であったが、どんなに飲んでも乱れることはなかった。

尊敬するSさんとは、生涯を通じて三回だけゴルフをご一緒させて頂いた。ゴルフのレジェンドであるボビー・ジョーンズ(1902~1971 アメリカ人)は「人生での価値はどれほどの財産を得たかではない。何人のゴルフ仲間を得たかである。」と言う名言を残しているが、私が知る限りSさんと一緒にラウンドしたいと言う取り巻きは結構多かった。それだけ、Sさんには飛び抜けた人徳(どんなシチュエーションでも空気が読める人物)があった証と受け止めている。

3バランタイン

横町コメント
今の自分にSさんと同じような懐の深さがあるか?と問われたら自信がありません。それはゴルフのラウンドに誘われるようなキャラクターにまだまだ自分が達していないと考えるからです。「水清ければ魚棲まず」とはよく言われる言葉ですが、今の自分を客観すれば、未だにその域を脱していないものを感じます。

Sさんが亡くなって、間もなく11年が経とうとしていますが、Sさんが私に遺したメッセージ(人間は鷹揚磊落に生きなければならない)を改めて心に刻み、セカンドライフの糧として行きたい所存です。

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4六百横町
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