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 吉田松陰~波乱の生涯を和歌とエピソードでつづる~ 


リンク動画について
自分は吉田松陰(1830~1859)に対して聖人に近いような印象を持っている。それは私を捨て、公(日本の未来)の為に散って行った人物だからである。その松陰が嘉永5年(1952年)3月26日(陰暦ゆえ季節的には初夏の頃)に我が郷里石巻に立ち寄ったのも何かの因果と捉えている。先日石巻を訪問した際の松陰のことをいろいろと書いたが、近いうちに随筆的なものを書きたいと考えている。リンク動画は12分だが、吉田松陰の生き様が名言とともにまとめられており、彼の生前を偲ぶに相応しい動画と考えリンクに及んだ次第である。

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」は2015年に放送された。意外なことだが、当時の視聴率は平均で12パーセントと低かった。イケメン揃いの豪華キャストで話題となった作だが、松陰の妹が主人公(ヒロイン)であったことも起因しているのかも知れない。「花燃ゆ」を見ると、こんな松陰の妹が果たしてこんなセリフを言って人と人との懸け橋役を果たしたのでろうか?という疑問が湧く。このへんは定かでないが、或る程度は目を瞑らねばならない部分と割り切って考えている。

着目すべきは吉田松陰の志の高さであり、後の日本を動かした精鋭らを萩の松下村塾で教えたということである。自分はそれだけで松陰にカリスマを重ねている。

1前編ストーリー

DVDは総集編で全部で2枚(前編と後編からなる)となっている。

2題名

吉田松陰と言って思い浮かべるのは儒教思想の陽明学に基づいた「知行合一」(知識と行動は表裏一体であって分けることはできない。必ず実践を伴わねばならない)である。ペリーの黒船に乗り込んで密航を企てるなど、松陰の生き様はまさしく「知行合一」を絵に描いたようなものであった。

3知行合一

松陰の義弟に当たる小田村伊之助(1829~1912、後に楫取素彦)は松陰のよき理解者だが、明治になってから政治家となり、大正元年に没している。

4小田村伊之助

松下村塾には倒幕の志士の旗頭となった久坂玄瑞吉田稔麿入江九一寺島忠三郎等、また藩論を倒幕にまとめ幕府軍を打ち破った高杉晋作がいた。幕末を生き延びた伊藤博文山縣有朋品川弥二郎山田顕義野村靖松本鼎岡部富太郎正木退蔵らは明治新政府で活躍した。松下村塾の講師には松陰のほかに富永有隣がいたが、国木田独歩の小説『富岡先生』のモデルになった人物である。まさに錚々たる人物が席を置いたのが印象深い。

5松下村塾

松陰の妹の文(1843~1921)よりも、ドラマの上では脇役となっている吉田松陰にどうしても視点が行くのである。これはけして自分だけではないと考えている。原作者には申し訳ないが、それが偽らざる自分の気持ちである。ドラマのように彼女は本当に人集め(それも有能な人物が多い)をしたのだろうか?誇張はなかったのだろうか?往時は男尊女卑の時代だけに疑問が残る。

6繋ぎ役

横町コメント
総集編と言っても結構収録時間が長いようで、前編を見終わっていません。それでも本日はわくわくする思いで鑑賞しました。印象としては女性の視点から見た松陰像という気が致します。ちなみに、目当ての東北周遊は地図が少し画像に出てきただけで、ストーリーにはないようです。それでも、別な意味(幕末や明治初期を動かした人物が登場する点)で興味を惹かれました。後編を含め週末に残りの分を見たいと考えています。

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7六百横町
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コメント

こんばんは

吉田松陰の影響と言うか志があってこそ、
現在の日本の基礎が構築できたものと
感じています。
それに比べて現在の日本の指導層は日和見
主義過ぎるとも感じます。

URL | ichan ID:-

歴史には疎いので、松陰に関するコメントは差し控えますが、松陰か貴兄の故郷である石巻訪問で、何をなし、何を得たのかは気になるところですね…。後の随筆を楽しみにしております…。。。

URL | boubou ID:-

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。時代背景が違うと言えばそれまでですが、今の政治家の多くが公よりも私に走っています。公のために行動するのならば、自分の当選した際に取り巻きと一緒に万歳をせずに深く首を垂れるべきではないでしょうか?自分は以前からこのことが大変気になっていました。(今でも頭を下げる当選者はいますが、以前と比べれば少数派となってきています)

松陰は幼少時に叔父の玉木文之進からスパルタ教育を受けましたが、顔に止まったハエを追い払う行為を私的な行為とされ、鉄拳制裁を受けたと聞いています。この逸話を聞いた際、いくらなんでも行き過ぎでは?と思いましたが、後で考えると、叔父はハエを追う行為を行う前に、公人(将来を日本を担う人物に成長して欲しいという願いを込めて)として、どう振舞うべきかを松陰に仕込んだものと捉えています。この叔父あっての松陰と思いました。

松陰の生き様を見ていると、自分を含めた現代の日本人がいかにあまっちょろいものなのか、飽食の上に安閑としてあぐらをかいていないか?を痛感します。それだけに「花燃ゆ」から得るのもは大きい気が致します。聖人に近いと書いたのはそういう理由です。

お陰様で、本日もお励ましを頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。コメントを頂きありがとうございます。

『花燃ゆ』のDVDをご覧になられているとのこと。
日本の歴史に多大の思想的影響をもたらした人物が渦中にいるだけに、注目される作品であることは間違いありません。
また、横町さんのふるさとに立ち寄ったこともあり、心ひかれた部分は多いと思います。

boubouさん、ありがとうございます。

大袈裟と言われるかも知れませんが「一念岩をも通す」(ブログで宣言した以上は必ず随筆を書きあげる)を履行したいと考えております。その為に何を為すべきかを真剣に考え、まずは松陰の人物像や当時の会話がどんなものであったのかを把握するためにDVDを借りてきました。

登場人物は後に著名な政治家になる者も多く、幕末の歴史の一部を濃縮したものを感じています。ここから更に枝葉が広がり、知の回廊に至るかのような予感さえ感じています。文芸誌にも掲載できるくらいの作品も視野に入れております。点から線へ、線から面へと興味が広がるのは歴史の醍醐味ですが、一方で山本周五郎が作品の中で述べた「芸術(文芸とも解釈可能)は真に入るほど世俗からは見捨てられる」も重ねます;

歴史に没頭すればするほど、傍からは奇人変人に見えるかも知れません;然るに歴史を書くとは所詮そんなものだと割り切っています。要はなりふり構わないというのが自分の数少ない取り柄と考えております。おはからいにより、本日もお志を頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。

声なき声さん、ありがとうございます。

以前も述べましたが、松陰の石巻立ち寄りに関してはあまりにも資料が少なく、これを書くには推察を加えねばなりません。その為には現地取材は欠かせないと考え、先日足を運んで参りました。江戸期中期や明治時代の地図があるので、これを参考に想像を膨らませています。内容としてはフィクションの要素を多く入れざるを得ないと解釈しています。

改めて「花燃ゆ」のDVDを見て気づいたのは短い会話の中に登場人物の人間性が垣間見えてくることです。一方で目を瞑らねばならない部分もございます。「花燃ゆ」を批判するのは簡単でも、ストーリーを書くのは大変であり、作品への評論はそれ相応の歴史作品を作れるから成り立つものと考えています。

これを間違えれば本末転倒を常に自分に言い聞かせております。それだけに随筆は挑み甲斐があります。昨日はDVDのさわりの部分を見て決意を新たにした次第です。

ご配慮により、今回も格別なる追い風を頂戴しました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

NHKで放映された大河ドラマ「花燃ゆ」ですね。
松陰とその妹にスポットを当てて日本のあるべき姿を描いていました。
幕末や明治初期は激動の時代書物や映像で見る限り
優秀な人物が多かったように感じます。

多くの詩を読んで松陰の心情も垣間見えますね。

ボタンとリボンさん、ありがとうございます。

以前から石巻を訪ねた時の松陰のことを書きたいと考え、思い立ったら行動(松陰の銘とも言える「知行合一」)と捉え、TUTAYAに行きました。DVDは店内にはなく、本部から取り寄せで数日間待たされましたが、総集編(前編と後編)を見ることができました。

松陰がどのような人物であったのか?を見極めるのが目的でしたが、周囲の人物の多くが維新後の新たな日本の政治に携わったようで、結果的に自分の見識を広めるのに役立った気が致します。松陰の妹を中心に描き、女性の視点から見た人物像という点も興味深いものがございました。
小田村伊之助(1829~1912、後に楫取素彦)が群馬県令になったということですが、陰の主役のような立場を感じました。大沢たかお氏の抜擢もよかったと察しております。

他には松陰の父母役(長塚京三氏と檀ふみさん)もはまり役(松陰を温かく見守るシチュエーション)と受け止めております。松陰を調べることで、彼の広い人脈も徐々に頭に入ってきたので、これを更なる「知の回廊」に繋げて参りたい所存です。重要なのは如何に執筆意欲を高めるかですが、この課題をクリアできただけでもDVDを借りた意義があったと認識しております。
折に今は滝沢洋之氏著『吉田松陰の東北紀行』も読んでいます。会津に関することが多い書簡ですが、松陰の人物像を知る上で大いに役に立っています。この熱が冷めないうちに執筆したいと考えております。

おはからいにより、今回も格別なる追い風を頂戴しました。コメントを頂戴しありがとうございます。

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