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  JS BACH - JESU, JOY OF MAN'S DESIRING BWV 147  


【コラム】
久しぶりにジョナサン・スコットのチャーチオルガンの曲をリンクした。春は別れと門出の季節であり、別な言葉に置き換えれば、けじめの季節とも言える。「主よ人の望みよ喜びよ」はそんな季節に聞くに相応しい曲である。セカンドライフとなって数年が過ぎ、自分がいつまで今の企業に在籍できるかはわからない。あくまでも契約次第だからである。

若い時分は自分の為に働いてきた。結婚してからは家族の為に一生懸命に働いてきた。セカンドライフに入った今も、もちろんその二つは変わらない。但し、今はこれに付け加える項目がある。それは自分の勤労が世のため、人のために寄与するということである。私はセカンドライフに入ってから自分の就業が一体何なのかを考えた。そこで気づいたのは、世のため、人のために働くということは郷里(石巻)や我がルーツへの恩返しにも繋がるのではないのかという点である。

今の自分はそういう意識づけがあってこそ仕事へのモチベーションをキープ出来ている。ルーツへの想いと言えば、何と言っても石巻の祖父母から受けた恩愛である。返しても返しきれない恩愛を少しでも返す。それが自分のセカンドライフの就業で感じる最大の意義である。

一方で自分の故郷である石巻への恩返しが、郷土同好会「石巻千石船の会」での先賢諸氏との交流である。自分は郷里石巻を心から愛している。だからこそ、吉田松陰が石巻を訪ねた時の歴史随筆を書きたいのである。完成した暁には、「石巻千石船の会」にコンタクトを取り、出来れば年に六回(隔月)発行される会報誌に掲載を依頼したいと考えている。

今宵は「主よ人の望みよ喜びよ」を聞きながら、この世に生を受けたことに対する感謝を抱いている。これまで様々なことに見舞われた我が人生だが、これからは長い人生航路を如何にそれなりに終結させるか?を真剣に考えたい。そして来るべき時が来た際は我がルーツに恥じない人生の暁を迎えたい。私の祖父はどんな場面でも慌てふためくことがなかった。「七十にして矩をこえず」これは祖父の晩年に近づいてきた今の私が最も意識していることである。

1ジョナサン・スコット

さて、本題に入りたい。気温が12度まで上がった今日の仙台だが、或ることが気になった私は午後から若林図書館を訪ねた。

2図書館

気になっていたことというのは図書館の西側の梅林である。数種類の梅の木の中で、唯一この木だけが蕾を膨らませていた。恐らく3月には開花することだろう。但し他の木はまだまだという印象であった。

3梅の蕾

この後、東街道の広瀬川渡河ポイントの一つとされる、御霊屋~米ケ袋に立ち寄った。寄稿している文芸誌「みちのく春秋」の締め切りが迫ってきたのを意識したからである。この写真を投稿に使うかどうかはわからないが、現地取材はモチベーションキープの特効薬であるということを期しての訪問であった。背後の山は仙台藩祖・伊達政宗公が眠る経ヶ峰である。

4メタセコイア化石

東街道の広瀬川渡河ポイントのあたりから北東に向かうのが米ケ袋十二軒丁である。シルクロードと同様に東街道はけして一本の単純な道でなかったが、この道は複数の東街道のうちの一本と言って差し支えないような気がする。

5米ケ袋十二軒丁通り

横町コメント
私が言いたいのは、東街道はけして一本ではないということです。以前自分のブログに「東街道は海でした」(鹿落坂を否定)と断定した上で書き込まれたかたが居られました。自分としてはそれも間違いではない(広義に解釈すれば海路もあった)と思いましたが、陸路を否定するようなことをおっしゃられたこともあり、今はお付き合いしていません。

歴史を書くというのは生易しいことではありません。それは常に批判の矢面に立つことがあり得るからです。そんな中で私が心掛けているのはけして唯我独尊であってはならないことです。有体に言えば、人の意見を聞く耳を持つということです。私は諸説に対して断定的な口調は厳に慎むことにしています。反論があれば論拠を示すことです。論拠を出せない反論は慎むことです。鹿落坂や米ケ袋に東街道の一部が通っていたのは様々な文献を読めば明らかなことです。

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6六百横町
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コメント

こんばんは

ジョナサン・スコットのチャーチオルガンの曲、
心洗われるような清々しさを感じ、春を連想
させてくれました。
東街道確認のために活動されたようですが、
複数の説がある場合は、地道に検証することも
重要ですね。

URL | ichan ID:-

セカンドライフにおける就業は、自分や家族のためだけではなく、世のため人のためであるという心構え、立派なことであると思います…。それがひいては、自分の故郷のためになるということなのですね…。
私の場合は、もう働くのは止めましたが、ボランティアはいろいろやっており、それが、ひいては自分のためになっております…。多くの人との付き合いは、頭の活性化になり、ボケを遅らせるそうですよ…。。。笑。

URL | boubou ID:-

「世のため人のため」は、至らぬながらも私も心に留めている言葉です。
これがベースにないと、最終的には自分の人生が空虚に終わってしまうような気がいたします。
 
歴史探求の中で事実は何かという困難なテーマに果敢に取り組まれている横町様には、頭が下がる思いです。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。リンク曲への感想を頂き感謝申し上げます。ジョナサン・スコットですが、拙ブログではリンクワードでダントツ(35件)となっているのに、我ながら驚いた次第です。それだけ彼の曲をリンクした証と受け止めております。背筋を正さされるような曲で、自分としては世に生を受けたことに対して感謝し、これまでの全てをリセットしてくれるかのような希望を込めながら聞き入っております。過去に長いトンネルを経験した自分には一筋の光を見い出すかのような感動に見舞われる曲でもあります。

歴史探索においては他者の意見を尊重して否定しないのが第一です。即ち、専門家の歴史論文とは異なる所以です。これからも、これをモットーにして先賢郷土史家と誼を築いて参ります。

お陰様で、本日も格別なる追い風を頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。コメントを頂きありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

歴史サークルへの参加は確かに得るものが多い気が致します。スタンスとしては聞き上手に徹することです。飽くまでも雄弁は銀にしかなりません。これを常に頭に叩き込んで謙虚に振舞うよう心に言い聞かせております。

ボランティアは崇高なものであり、報酬のある仕事に関しては見方によっては”こじつけ”と取れるのかも知れません。自分はボランティアに関して語る資格はありません。それだけに貴兄のボランティア活動に関してはリスペクトしております。ご配慮により、本日も有意義な御意見を賜りました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

声なき声さん、ありがとうございます。

最近、同年代のかたが運営するYOU TUBEをよく見ます。関心があるのはセカンドライフにおいて、何に感動し、世間と自分の接点についてどう考えるのか?という点です。生計を支えるビジネスですが、この歳になると生計以外にも見え隠れしてくるものがあるということです。YOU TUBE動画からヒントを得ることは結構多い気がします。

席を置いている石巻千石船の会ですが、コロナの影響で2年続けて総会が中止となっています。今年はどうなるのか?間近に迫ってきているだけに気になります。年少の自分としては謙虚に振舞うことを第一に考えていますが、吉田松陰の随筆執筆に関しては「みちのく春秋」への寄稿も視野に入れています。おはからいにより、本日もお引き立てを頂戴しました。コメントを頂戴しありがとうございます。

横町様、いつも拙いブログへのご訪問ありがとうございます。

バッハ、また「主よ人の望みよ喜びよ」は子どもの頃から心に流れているメロディーです。
久しぶりに聴くことが出来、ありがとうございます!

仙台での梅の開花まではもう少し時間がかかるのでしょうか。
今住んでいる千葉の東葛地域ではようやく梅がほころび始めていて、春の訪れを確かに告げてくれています。

横町さん、はじめまして。
役立たzooの園長と申します。

「主よ人の望みよ喜びよ」
心が洗われるような気がして大好きな曲です。
チャーチオルガンというのはパイプオルガンなのでしょうか?

私はキリスト教徒ではないのですが
中学生の頃
自分とは何かを探す道の途中で
教会の子供の礼拝の時間に
讃美歌のオルガン弾きをしていたことがあります。
普通のオルガンでしたけど
それを思い出してなんだか懐かしい気がしました。

スミレさん、ありがとうございます。

おはようございます。初コメントを頂き感謝しております。リンク曲への感想を頂き感謝申し上げます。奏者のジョナサン・スコットは日本での知名度は低いですが、知る人ぞ知るイギリスのオルガニストです。一糸乱れぬオーソドックスな服装と、背筋をピンと張った姿勢に誠実さを感じています。弟はピアニストで、兄弟(スコット・ブラザース)での協演もYOU TUBEにアップしているようです。レパートリーが多いのも特徴です。

スミレ様の記事を見て参りました。この時節の関東平野には温暖なものを感じます。羨ましい限りです。改めまして、今後とも宜しくお願い申し上げます。

ご配慮により、本日は格別なる追い風を頂戴しました。おはからいに感謝しております。ありがとうございます。

園長さん、ありがとうございます。

初めまして。初コメントを頂き痛み入ります。チャーチオルガンは協会に設置しているパイプオルガンを指すので、今回のようなシチュエーションでは、同じ楽器と解釈していいのでないでしょうか?自分もキリシタンではないのですが、音楽の分野(洋楽、クラシックの類がほとんど)は広く、メロディー本位でリンクすることが多いです。時に外国国歌などもリンクしますが、背後にある国の成り立ちや思想などは半々くらいに考えています。リンクする理由はモチベーションの高揚に尽きます。

公の場でオルガンを演奏されるとはすごいです。自分は弾く方はからっきしダメで、もっぱら聞くほうですので、それだけで尊敬に値します。

拙ブログの目指すところはけして訪問のみでなく、訪問&コメントゆえ、近いうちにブログリンクの上で、コメントさせて頂きたく存じております。お陰様で、本日はお志を頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。

こんばんは~☆

ジョナサン・スコットのチャーチオルガン演奏神聖な感じで心に響きました。「主よ人の望みよ喜びよ」僅かであっても世の為人の為に力を注ぐことは
自分自身の活力や励みにもなりますね。

東街道執筆の為に現地を訪れての下調べや深ぼりお疲れ様です。
歴史を書くのは大変です。複数の説を入念に調べ上げかつ文章にする難しさ誰もが出来るものではありません。
今後もますますのご活躍を祈ります。

ボタン

おはようございます。春は別れと出逢いの季節になります。この時期に相応しい曲と考えジョナサン・スコット演奏の「主よ人の望みよ喜びよ」をリンクさせて頂きました。感想を頂き感謝申し上げます。

最近YOU TUBEの様々なサイトを手当たり次第にあさり、セカンドライフの仕事をする上での心構えを模索しております。「世のため、人のため」はその中で得た教訓にございます。

歴史を書くことにも同じような意義を感じています。デジタル上に自分の書いたことが残れば、いつかは誰かの役に立てる。その日がいつになるのかはわかりませんが、「一念岩をも通す」の心意気で臨みたいと考えています。先賢の多くは事情もあって、アナログのみになるのがほとんどです。自分にとってのブログ観は、先賢史家のアナログデータとデジタルの懸け橋になるということです。

これが自分に追い風をもたらしていると解釈しています。歴史を紐解く上で、仮説を立てるのはよくありますが、決めつけはよくないことです。自分が歴史研究会などに参加して感じるのは、その場は討論会ではなく、人様の意見を否定せずに聞く場であると考えることにしています。その為には言葉遣い(相手への思いやり)が肝要です。然らば、礼節、仁、謙譲のないディスカッションは曲解を生みやすく、けして本意でないと考えています。

講演者に五常がないと誤解を生みやすいのですが、歴史講演会などに出席すると、案外これを蔑ろにしているかたが多い気がします。大学で学生に講義するのと一般のかたを対象に講演する際は、姿勢を改める必要があるわけですが、中には思い違いをしている識者(席に座った状態で足を組んだまま、聴衆の質問に答えている識者など)もおいでです。こういうかたの話はあまり聞く気にはなれません。

立場の弱いかたに労りの気持ちを持つ。けして自慢話をしない。そしてどなたに対しても分け隔てせずに公平に振舞う…自分がブログにおける五常を重視する理由がこのへんにございます。

本日も格別なる追い風を頂戴しました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

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