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私は既に自分のブログに2000近い記事をUPしたが、この記事を更新した頃はまだブログを始めたばかりで、まだ右も左もわからなかった頃であった。今お付き合い頂いているブロ友様の殆どが、この津軽富士(岩木山)の写真をご覧になっていないと踏まえ、本日は再掲載に至った次第である。

掲げる写真は2009年1月16日のAMに青森県西津軽郡西目屋村で撮影した津軽富士である。写真を掲載した記事は「雪化粧をした津軽富士」である。この辺りでこの時期太陽が望めるのは珍しく地吹雪の日が多い。そんな中にあってこの日は青空を背景にした津軽富士に遭遇し、新年早々ゲンがいいのを感じた瞬間であった。

この頃の自分に話を移せば、精神の疾患が鬱から躁に転じて安定期に入ってきた頃であった。上司のSさんから陣中見舞いを頂いたのもこの時期であった。仙台から遥々陣中見舞いに来て頂いたその日、宿泊したのは私が定宿としていた観光ホテルだった。私はSさんへの恩を返す為に、その日弘前の夜の街に誘った。その夜のことは2017年12月11日更新の随筆の「上司Sさんのこと」に書いている。

Sさんには公私に渡って大変世話になった。もしこの時、Sさんの余命があと2年とわかっていたのなら、その夜の私は酔いつぶれるまで、Sさんと飲み明かしたのかも知れない。私は今でも、定年退職を迎えて間もなく逝ったSさんのことを思い出す度に、その切ない思いが脳裏をよぎるのである。


その夜、Sさんと訪れた弘前市の繁華街に位置するジャスマックビルのテナントに入っているバーで、改めて、「先輩と後輩の固めの杯」を交わした。その時私が歌ったのがTOTO - I'll be over youだった。

 TOTO - I'll be over you Live on Solid Gold TV 1987 

その時、私はSさんから英国のスコッチウイスキーBallantine's17yearsのボトルを入れてもらった。この時、私はSさんから激励とともに最高のプレゼントを頂戴した気がした。自分の生涯に渡ってこれほど嬉しいボトルプレゼントはなかった。私は今でもこの津軽富士の写真を見る度に、あの夜のことが鮮やかに瞼に蘇るのである。


Sさんはけして目立つ人ではなかった。むしろ中庸を本分とし、自分を殺してでも道を貫くタイプの人だった。今の私に最も欠けているのが「中庸」である。懐刀を捨てた後で私が目指さねばならない境地が「中庸」と認識している。
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筆者挨拶
私は敢えて現役時代に「中庸」を目指しませんでした。それは一度負い目を負ったからです。負い目を負って巻き返しに及ぶのなら、「中庸」では足らないのです。これは止むを得ないものと認識しております。その後定年退職を経たセカンドライフで、自分がどれだけ「中庸」に近づけるかはわかりませんが、Sさんから恩を受けた以上、その境地に少しでも近づけるよう努めたい所存です。私は精神の病から復活を遂げましたが、その原点はSさんに在りと踏まえております。本日の記事が改めまして、Sさんへの供養となることを祈念したいと思います。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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