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 Georges Bizet - Toreador 
リンク曲について
5年前の2013年の今頃、仙台市に隣接する名取市で開催されたオペラカルメンの観劇をしたことがあった。この時体験した生のオペラは迫力満点で、大変感激した記憶がある。この頃、何故オペラを観たくなったのか?今思えば、不足がちだった自分の名誉を取り戻すための術だったのかも知れない。名誉が満たされるか?ということに関して、今はさほど不足を感じないが往時は不足していたのである。少なくても、過去において鬱を患った人に、私の言っていることは理解して頂けるものと察している。

今、改めて「闘牛士の歌」を聴くとあの頃の自分が瞼に浮かび上がってくるのである。もし自分の名誉が侵害されたらどうするか?私は現役時代ずっとこのことを考えて勤務してきた。だから緊張感は半端でないし人の数倍も疲れる。この心境を別な言葉で表すならば「懐刀」というものになる。私は定年後一年を過ぎた今となって、ようやく「懐刀」を捨てられそうな気がするのである。
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随筆「入社四ヶ月を迎えて」
私はセカンドライフで再雇用を蹴り、紆余曲折を経て自ら開拓した会社に入った。未だに第一希望である大型ダンプカーのドライバーになりたいという夢は捨てきっていないが、取り敢えず食うための手段として今の会社に籍を置いているのである。収入面はそう悪くないが、所詮会社勤めは宮仕えゆえ、長く続けるには辛抱もしなければならない。長所を語るならば、この会社は組織を上げて、社員の倫理教育に取り組んでいるので、人間関係が比較的安定しているということである。人間関係は気遣いを要するものの、悪くないレベルである。

冒頭で「自分はそろそろ懐刀を捨ててもいい」と述べたのは、そういう理由からである。今の会社の経営者は「人脈は宝」という信念をもって社員に接している。だから、私はこれに恩義を抱き、義をもって誼に応えるのである。こうした気持ちで勤務しながら、地道な実績を積んでそれなりの信頼も獲得してきた。但し、相手は神仏に非ず、然らば相手に完璧を求めてはならない。人間だからこそ間違いも起こすし、至らないこともある。但し、これは自分にも起こりうることであり、お互い様なのである。元々完璧でない者同士が接するのであれば、その付き合いには多くの妥協は不可欠と言える。

私は最近そんな心境で毎日勤務している。もちろん腹の立つことはある。だが、そんな時にひと呼吸してみると、全く異なった視点が生まれるのである。それは「人間関係の礎になるのは、他人への寛容な心である」ということである。この気持ちを持つことで、私はようやく懐刀を捨てられると思っているのである。
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ミック挨拶
本日は在籍している会社を勤める上で、条件的に不可欠と考えることを述べさせて頂きました。「日本人は中庸を美徳とする民族」という自覚は以前から持っていましたが、これはセカンドライフの就職でも大いに役立ちそうです。同時に私はサラリーマンの三種の神器において、環境適応力をその要素の一つに挙げてきましたが、改めて、その必然性を認識した気が致します。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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