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先日、ウォーキングで泉区の将監団地界隈を歩いた。将監団地は地下鉄南北線の終点である泉中央駅から歩いて数分のところにある。撮影地点は緩やかなS字カーブとなっているが、画像は泉中央駅方向を振り返ったアングルである。

1泉中央方面

目指す記念碑はこの丘の上にある。

3丘

花見に来たわけでもないが、残念ながら公園内の桜は散って、既に葉桜となっていた。

2湾曲

将監団地の位置をGoogle3D立体画像で確認して頂きたい。泉区役所から見て北側だが、かなり広い団地である。造成は昭和43年開始なので、54年前である。この手の古い団地はモータリゼーションに対応していない団地(車同士が擦れ違えない)が多いが、この団地はほぼ全域に、両方通行の道が走っていて先見性を感じる。仙台市近郊の団地を見ると、この昭和43年はモータリゼーション対応においては過渡期と言える時期であった。
4Google3D立体画像

旗の陰になってしまったが、これが開発記念碑である。すぐ脇には団地が出来るまでのいきさつが彫りこまれた石碑も立っているが、汚れていて判読不明であった。測量に使ったと思われる三角点も保存されていて、このあたりにはややマニアックな印象を受けた。

5公園と記念碑

小高い丘の上からは太白区や名取市方面も見渡せ、なかなかの名所という感じである。将監団地は標高50メートル前後の丘陵地帯を開発した団地で、命名の由来は伊達政宗の命を受け支倉常長を迎えに行った横澤将監という侍が根白石の新堰から水を引いて造った将監堤(沼)が由来であると言う。今回は将監沼には行かなかった。

6ロケーション

このモニュメントは平成のころに作られたのだろうか?あまり古くはないようだ。

7モニュメント

横町コメント
仙台藩士・横澤将監は支倉常長ほど有名ではないですが、昭和期に入ってその名を新興団地に遺した栄えある侍(この辺りに彼の所領があった所以)と言えるのでないでしょうか?私もいつしか彼のことを随筆に書いてみたい気が致します。モータリゼーションが発達した以前(厳密には過渡期)の団地であるにも関わらず、このような素晴らしい団地が出来たのは、泉区にとって明らかにイメージアップと言える気が致します。

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8六百横町
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コメント

元は山林だったと思われるところを造成してニュータウンにしたところは、記念碑と開発の経過を記してあると、勉強なっていいですよね…。しかし、それが、判読不能とは…。たまにはきれいに磨いて掃除をして欲しいですね…。

URL | boubou ID:-

こんばんは

仙台は居住地に比べては失礼かもしれませんが、大都会。
自然や緑が豊富ですね。
新興団地に名前を残せる方は偉人ならではですね。

URL | ichan ID:-

boubouさん、ありがとうございます。

団地造成のいきさつを彫りこんだとされる記念碑は、とても読む気にはなれず残念でしたが、黎明の志は伝わって参ります。半世紀以上も前の時代ゆえ、止むを得ないものを重ねました。

航空斜視を見て驚いたのはこの団地が意外に広いことです。それも道幅が広く、開放感があるというのが住みやすさに繋がっていると捉えています。坂も少ないのでウォーキングには最適です。

お陰様で、本日も格別なる追い風を頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。コメントを頂きありがとうございます。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。横澤将監なる仙台藩士の存在が気になった今回の散策です。次回は将監沼(堤)にも足を延ばしたいと考えております。地下鉄の駐輪場を使って、バイクとの組み合わせも視野に入れたい所存です。

ご配慮により、本日もお引き立てを頂戴しました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

横澤将監は不勉強で全く存じておりませんでしたが、街づくりに関しての先見性を持っていた人物だとお見受けいたしました。
氏が今の姿を見ることができれば、さぞ満足するに違いありません。

声なき声さん、ありがとうございます。

大変申し訳ございません。江戸時代初期の仙台藩士・横澤将監がこの新興住宅地の命名の由来となったのは街づくりとは関係がなく、たまたまここに所領があった(藩から与えられていた)ことによります。

支倉常長の帰りの便を仙台藩が用意したのですが、その責任者に任命された人物が横澤将監でした。このへんのいきさつは2013年12月発表の拙作品『金色の九曜紋とともに』第8話「最後の望みをかけて」に書いています。https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-1325.html

宜しければご覧ください。太平洋を渡り、途中嵐に遭遇し船内は水浸しになり、マストも折れ、甲板には草が生えた状態で100名近い死者を出しながら満身創痍の航行とされますが、この船に支倉が乗ることはなかったようです。

本日もお志を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。



こんばんは~♬

名前が団地の名前として残っているって、
凄いですね。
支倉常長と同時代の人だったのですね。

URL | 布遊 ID:-

布遊さん、ありがとうございます。

おはようございます。仙台藩士・横澤将監は支倉常長と違って知名度はありませんが、地元では団地に名を遺した侍ということで栄えあるものを感じます。横澤将監の活躍した頃は山林で、狩りなども行われたものと察しております。

次回は将監沼にも足を延ばしてみたいと考えております。ご配慮により、今回も格別なる追い風を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

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