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本日は久しぶりに「幕末の仙台藩の研究」のカテゴリーの更新である。実は吉田松陰(1830~1859)は今から170年前の今日、盟友の宮部鼎蔵(熊本藩士1820~1864)とともに、仙台(止宿先は芭蕉の辻付近と言われる)に滞在していた。本日は二人の前後の行動を追いながら、石巻訪問時に二人の案内を行った仙台藩士・粟野杢右衛門(1815~1862)の墓所のある仙台市の江巌寺(曹洞宗)を紹介したい。

松陰らの行動を詳しく把握する為に表を作成した。参考にした資料は滝沢洋之著『吉田松陰の東北紀行』、織田久著『嘉永五年東北』である。松陰は『東北遊日記』に訪問先の天候を記録している。滝沢洋之著『吉田松陰の東北紀行』によると一関と白石の晴れを除いて、天候はほとんど曇りであったようだ。

0四人の行動

さて、本日私が訪問した仙台市青葉区北八番丁の曹洞宗江巌寺を紹介したい。実はこの寺の訪問は二回目である。目的は仙台藩士・粟野杢右衛門の墓所であるが、墓所は特定できなかった。但しこれについてはこだわる必要はなにもないと考えている。画像に映っている通りは北七番丁だが、古い戸籍調べをして気づいたのは、私の親父の生誕の地が北七番丁(軍人であった祖父が、石巻を離れ一時的に祖母と住んでいたらしい)であることである。通りが一つ異なるが、何か因果のようなものさえ感じた。

1北七番丁

周囲は閑静な住宅地である。今はすっかり整備され奇麗になった江巌寺だが、粟野杢右衛門が葬られた幕末の頃、この辺りがどんな様子だったのかは知る由もない。

2門と参道

江巌寺の本堂を遠望してみた。立派な本堂だが結構新しいようだ。

3本堂遠景

江巌寺には伊達政宗公の三男である竹松丸君の廟所がある。わずか7歳で夭折したと言うが不憫である。NHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」の一シーンを思い出した。

4夭折した竹松丸君の廟所

竹松丸君の対面にさるすべりの木がある。昭和52年の時点で樹齢が約150年ということは、現在の樹齢が200年弱ということになる。粟野杢右衛門は1815年(文化12年)生まれなので、彼が生まれてから、凡そ十年前後でこのさるすべりが植えられたことになる。そう思うとまさに歴史の生き証人と言えるのかも知れない。

5さるすべりの木

改めて仙台藩士・粟野杢右衛門のプロフィールを紹介したい。

粟野杢右衛門(1814~1862)、別の名は道知、後に一平と改めた。凌雲と号し、暁に酔翁とも言った。南部の名士那珂通高(江幡五郎)を愛し、自らの妹を嫁がせたという。文久2年(1862年)9月29日没した。享年49歳。墓は仙台市北八番丁江厳寺にある。資性闊達にして小事に拘泥せず、勇敢で義俠心に富み、四方の名士と交はり、其名人々の心を捉えたという。

仙台藩では大番士という身分であり、実戦部隊の長と言っていい立場であった。松陰から見た杢右衛門は社交的で男気があり、なかなか豪快な人物であったようだ。15歳も年上の杢右衛門だが、石巻に来た松陰と鼎蔵をどんなルートで案内したのか?興味の尽きないものを抱く。


東北遊歴の途中、吉田松陰は西暦1852年5月4日に石巻に到着し、親友江幡五郎の寄寓先である粟野杢右衛門の案内で日和山からの眺望を愉しみ、同行の宮部鼎蔵とともに粟野邸に一泊した。粟野邸は現在の日活パール劇場(平成後期となって廃業)の場所にあったと言われ、松陰もその庭色を嘆賞した。邸内の「合歓園」は第二次大戦後に姿を消しているようだ。松陰は活気に溢れた石巻の湊の印象を「道路は四通八達し、旁径(枝道)多岐なり」と述べている。Google3D立体画像に石巻の粟野邸跡を落としてみた。


粟野杢右衛門邸跡

江巌寺の参道を北側から見てみた。非の打ちようがない本日の天候だが、私は松陰が訪れた170年前の仙台に思いを馳せてみた。吉田松陰宮部鼎蔵は仙台藩の藩校である養賢堂を訪ねている。学頭の大槻格次に会い、伊達政宗の仙台城築城の経緯などについて聞いたという。劇場や酒茶餅飴などの店に際し、松陰らは江戸にも似た賑わいを感じたようだ。

7参道

横町利郎
粟野杢右衛門の墓所は見つかりませんでしたが、菩提寺ははっきりとわかりました。170年前の四人の志士たちが、それぞれどう関わったか、インスピレーションのようなものが徐々に頭に浮かんできた気が致します。これだけで本日は大きな収穫があったと捉えています。

記事の内容がわかり難く、一部のかたに石巻の粟野邸と仙台の墓所がごっちゃになったような印象を与えてしまい、恐縮しています。粟野杢右衛門については士分ながらやや位が低いので、出自などが詳しくわかっていません。わかっているのは石巻の寿町通に住んで、170年前に松陰と鼎蔵を案内したことです。日和山にも案内したようです。それと江幡五郎と那珂通高は同一人物です。そして江幡五郎は粟野の妹を娶ったとされます。このあたりをご理解頂ければ幸いです。

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8六百横町
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コメント

こんばんは

「全くの偶然とは言え、何か因果のようなものさえ感じた」
とのこと、見えない糸でつながっているのかもしれませんね。

URL | ichan ID:-

粟野杢右衛門の墓所のある江巌寺の取材、お疲れ様でした…。本日の取材により、粟野邸の雰囲気をよく掴まれたのですね…。
松陰訪問時の様子を知る手掛かりとなったのは何よりでした…。

URL | boubou ID:-

江巌寺のサルスベリには惹かれるものを感じました。
およそ200年にわたって人々や社会の動きを見詰めてきたのですから、誰よりも事情に通じていると言えるでしょう。
このサルスベリは、現代に生きる私たちにも何かを語りかけているようです。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。北七番丁が取り持つ不思議な縁、これだけで随筆が書けそうです。(こじつけにならないようにするには筆力が求められますが…)読者に便宜を図る意味で表を作成しました。お役に立てれば幸いに存じます。

ご配慮により、本日も格別なる追い風を頂戴しました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

大変申し訳ございません。粟野杢右衛門の墓所は仙台であり、石巻の屋敷跡は数箇月前に取材したときのことや、資料や文献を調べてわかったことであり、昨日の菩提寺訪問との関連はありません。独立している事物を私が羅列しただけとお考え頂ければ幸いに存じます。今朝、記事を更にわかりやすくするために、石巻粟野邸跡周辺のGoogle3D立体画像を追加し、文末の横町コメントを加筆した次第です。

石巻にしても塩釜にしても仙台にしても白石にしても、吉田松陰という著名な人物が訪れて170年というけじめを迎えたことになります。昨日はこの時に書かずしていつ書くのか?と自問自答し、モチベーションを喚起した次第です。今後の課題の一つとして、石巻の粟野邸内の「合歓園」がどんなものであったのか?想像を膨らませる必要を感じております。

表を作ったことでわかりやすくなったと受け止めております。もちろん次回の執筆時への大きな足場となったと考えています。本日もお引き立てを頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。

声なき声さん、ありがとうございます。

粟野杢右衛門の墓所を発見できればこのさるすべりはスルーしたのかも知れません。実はつい先日も彼の墓標を探したのですが、見つからず仕舞で、諦めていました。やや不本意ながら、せめてもの歴史の生き証人ということで、幕末時の彼の埋葬を目撃したであろうさるすべりを代替に用いた次第です。

石巻と仙台のことがごっちゃになり、記事がややわかり難くなったと感じ、新たに加筆修正を加えました。ご確認頂ければ幸いに存じます。お陰様で、今回も厚誼を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

表を作成頂くことで工程が大変に具体的でわかりやすくなりますね。それぞれ1日ということは移動時間も考えればなかなか各都市で詳細に見聞を得るのは難しかったのかも、、、と感じます。

やや本題からはそれますが、竹松丸君の廟所が大変に立派で驚きました。

URL | 暇人ity ID:-

暇人ityさん、ありがとうございます。

おはようございます。こういう記事を書くのはモチベーションとの戦いになりますが、松陰が我が宮城を訪れて170年目に当たるということが大きな動機付けとなりました。2013年の支倉常長出航400年とは異なり、注目度の低い吉田松陰来仙(来石)170周年ですが、幾分なりとも情報を発信したいと考えています。

取り敢えずは所属している石巻千石船の会に、何らかのコンタクトを取りたいと考えています。旧パール座には石巻教育委員会が立てた立札がありましたが、吉田松陰の来石を旧暦の5月16日と書く(実際の来石は旧暦で言えば3月16日)など誤りが見られ、このあたりを精査した上で観光に使えば、もっと集客効果が得られるのにと考えています。

織田久著『嘉永五年東北』と、滝沢洋之著『吉田松陰の東北紀行』は大変参考になりました。但し石巻での三人の行動には詳しく触れておらず、枝葉の域を出ていないようです。(要は松陰が石巻に関する多くの情報を、自らの日記に残していないということによるようです)

これ以上の情報の入手が望めなければ、自らの想像を膨らませるしかないと受け止めております。随筆執筆に必要なお膳立ては揃ってきた気が致します。おはからいにより、本日も格別なる追い風を頂戴しました。コメントを頂戴しありがとうございます。

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