fc2ブログ
The Rolling Stones - Mixed Emotions (Steel Wheels Live)


【コラム】1990年頃のThe Rolling Stonesライブ・Mixed Emotionsである。曲名を直訳すれば「交錯する情感」とでもなるのだろう。ミック・ジャガーキース・リチャーズはともに1943年生まれなので、収録された時の年齢は46、7歳ということになる。まさにミュージシャンとして脂の乗り切ったような印象で、デビュー当時のけつの青い青二才のような面影は微塵もない。ビートルズとの差別化という意味で、彼らはプロデュースサイドによって意図的に作られた不良であるが、この頃の演奏は不良が板についており、唸らざるを得ないのを感じる。Mixed Emotionsの歌詞を紹介したい。

仕事を果たしてさ、ベイビー!
コートにボタンをして踊りに行こうぜ !
野暮な仕事は忘れよう!
お前の過去など、どうでもいいんだ!

となる。実はこのポエムはミック・ジャガーの作詞によるものである。実生活と歌の区別が尽かなくなる。多くのリスナーにそう感じさせるところがミック・ジャガーのカリスマである。

自分の若い頃は多分にシャイなところがあった。思っていることをストレートに表せないのである。そんなことあってミック・ジャガーの破天荒とも言える生き様に憧れたのかも知れない。何を隠そう、自分のブログネーム(Yahooブログ時代)は4年前までミックであった。
年季を重ねたこともあって。今の自分はけしてシャイでないが、若かりし頃の自分が今の自分の性格(物怖じしない性格)であったならば、今とは全く異なった人生を歩んでいたのかも知れない。

0二人週の中休み

私は週の中休みを利して、私は若林区役所に向かった。定年退職を迎えようとしていたころ、会社の帰り際(と言っても就職活動という名目に授かりAM勤務であったが)に立ち寄ったスポットである。それにしても懐かしい。

1区役所先ずば最上

最上階の6階の食堂に登った。画像は南側(長町方面)のビューである。手前の公園(緑地)は養種園と言って、藩政時代までは伊達家の庭園だったスポットを、昭和30年(1955年)に仙台市が買い取り、植物園としたのである。幼少期の自分は母親に伴われて訪れたと思われるが、残念ながら記憶に残っていない;

2図書館と養種園跡訪れた時刻

は昼近かったので、先ずは食堂で腹ごしらえである。注文したカレーそばの大盛り(¥500)はなかなか食べ応えがあった。😃👌

  • 3入口養種園跡地の植樹は落葉樹が多い。日差しの強い本日であったが、若葉の季節を感じつつ、藩政期の伊達家の栄華を思い浮かべた。
  • 4養種園落葉樹

  • この後、南小泉のバス通を東に向かった。飽くまでも私の推測だが、この辺りは明治42年(1909年)出版の真山青果著『南小泉村』のモデルとなった地に近いものと思われる。110年以上前のこの地域がのどかな農村だったと推し量れるものは何も感じられないが、すぐ近くには遠見塚古墳や法領塚古墳もあり、中世からの多種多様な歴史の足跡が偲ばれる地域である。

  • 医学校を中退した26歳の主人公(真山青果1878~1948)は仙台で病院の助手をするものの長続きせず、放蕩生活を送っていた。そんなある日、南小泉村の収入役から願ってもない話が舞い込む。この村で医療をしている医者が掛け持ちで多忙のため、是非代診に来てほしいという。
  •  
  • これを承諾した主人公は医療を通し、この村の人間と触れ合うことになる。主人公は住民のほとんどが百姓であるこの村のことを当初見下していたが、診療所の持ち主(士族)の隠居旦那(通称:ダンポ)から『見識振っても通らぬ。腰を低くすることだ。』と告げられ、村の主たる者との対面、挨拶廻りを決意し徐々に住民との親交を深めて行く。

  • 南小泉村』はストーリー的に見るべきものはあまりないが、所々に110年前の仙台平野の情景が詳細に渡って描写されており非常に興味深い。ここに一例を紹介しよう。これは主人公が赴任した折に部落のKという老婆の往診に向う時に途中に於ける周囲の描写である。以下は本文からの引用である。
  •  
  • 「五月も下旬-いや、六月に入ってからかも知れない。朝の間はカッと夏晴れて、単衣(ひとえ)を欲しいくらいな天気であったが、午後から急に西曇りがして、雲行きが怪しく乱れる。低く広がるというよりはむしろぼかされるのだ。特に家を出るころからは、空気が重く凝って妙に冷気が身に染む。若葉の緑が際立って鮮やかに見えた。
  •  
  • あたりが段々暗くなった。土橋を渡る時、道を横切って、真っ白なアヒルが二三羽、トツトツトツと鳥屋のほうに急いで行く、寂しい田舎道は両方からおいかぶさるイグネの下を灰色に長く続いて見える。梢(こずえ)には風がざわつきはじめた。
  •  
  • ………
  •  
  • Kの家はその分かれ道の小高い丘の上、真っ黒に雨腐れた草葺の低い家で、村では一番新家だけに―といってもそれは三十年も前のこと―イグネも何も無く、ただ北のほうだけ、風除けの竹やぶになっている。
  •  
  • 茂ヶ崎黄土の平原が目路の限り軒先からズッと前に開けて、それがどこから、どこまで、青々と背伸びた麦畑である。
  •  
  • ………
  •  
  • 時々思い出したように冷たい風が、その上にざわざわざわと音たてて吹過ぎる。そして、その度、走り穂がチラチラ見える。がそれもホンの一時、風がやむと、周囲はまた森ともとの静寂にかえって、段々暗くなるばかりだ。…」

  • 真山青果の文章から感じられるのは、110年前のこの辺りが長閑な農村であったことである。
  •  
  • 5南小泉バス通

  • 私は真山青果を偲び、極力古い建物を探して歩いた。居酒屋、スナック、理容店の入った商業建物が目についた。これとて昭和頃に建てられた建物に違いなはずである。

  • 6居酒屋&スナック

  • 横町コメント
  • 薫風そよぐ五月晴れの本日、素晴らしい気候に誘われ、定年前の自分が好んで訪れたスポットを再訪してみました。時の経過は私を待ってくれませんが、本日の若林区役所界隈の散策は、それなりに有意義なひと時をもたらしてくれた気が致します。

  • 本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
  ▼▼▼

7六百横町
関連記事

コメント

こんばんは

週の中日を満喫されたご様子。
正直、羨ましく思います。
定年前に行った場所を再訪すると
懐かしさを感じること、何となく
分かる気がしました。

URL | ichan ID:-

都心部の、かなた昔の風景を想像するのは、昔の絵図でも見ない限り難しいものがありますが、文学作品で在りし日の姿を偲ぶという方法もあったのですね…。

URL | boubou ID:-

こんばんは~♬

史跡にしても、小説の中の風景にしても・・
現在の様子と比べると、想像力が湧いて楽しいですね。
シャイな性格が変わってこられたとのこと・・
横町さんもブログを長いこと続けてこられ、ご自分の考えを発信されてきたことも要因ではないでしょうか~
わたしの場合も同様に思うことがあります。

URL | 布遊 ID:-

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。ブログ更新時にどこか操作を誤ったようで、画像が偏るなど、見苦しい記事になったことをお詫び申し上げます。それはさておき、昨日は結構歩きました。動機づけはセカンドライフ滑り出しの前後への回想です。

五月晴れが背中を押してくれた気が致します。ご配慮により、本日もお引き立てを頂戴しました。おはからいに感謝しております。ありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

本記事を書くに当たってモチベーションを得たのは二つの要素がありました。その一つが文学者・真山青果でした。彼の随筆『南小泉村』を読むと、百年以上前のこのあたりは長閑な農村であり、周囲には高い建物が存在せず、遠くまで見渡せたようです。

もう一つがローリング・ストーンズのこの歌です。精神の高揚を感じる曲と受け止めております。お陰様で、本日もお志を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

布遊さん、ありがとうございます。

おはようございます。ブログを通じて自己を曝け出す。これは実生活と一緒であり、セットとも言えます。自分の場合は欠点に若い頃に気づき、長年かかって自己改革に努めて参りました。それが実を結んだかどうかはわかりませんが、若い頃とは異なる性格の自分がここにいると受け止めております。

自分の場合はその転機となったのがローリング・ストーンズとの出逢いでした。どんなに力づけられたのか計り知れないものを抱きます。

昨日更新した記事ですが、どこかで押してはいけないスイッチを押したようで、訂正がままならない状態となりご迷惑をおかけしました。「・」が入ったり、画像が左に寄ったりで散々なものとなったことを深くお詫び申し上げます。実は真山青果の歌を刻んだ碑が養種園跡にありまして、記事のネタにと思った次第です。お陰様で、本日もお引き立てを頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

区役所の最上階から街を見ながら、過ぎ去りし日々を回想するという場面には私も憧れます。
伊達家の元の庭園まで眺められるとお聞きすると、実にうらやましい限りです。

声なき声さん、ありがとうございます。

記事の趣旨に添うコメント恐れ入ります。テーマはセカンドライフを迎えようとしていた頃への追想でした。目的が果たせてよかったと振り返っています。更新時に操作を誤り見苦しい記事をお見せしてしまい恐縮しております。

今回もご配慮に感謝申し上げます。コメントを頂きありがとうございます。

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)