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目は口ほどに物を言うというが、これをブログに当てはめれば「コメントは口ほどに物を言う」と言えるのかも知れない。

ブログのコメントとして

ブロ友様の記事に訪問した際のコメント(書き込み)

コメントを頂いたブロ友様に返すコメント(返しコメント)

の二つがあるが、それぞれについて、これまでの経験を踏まえてざっくばらんに述べたい。


先ずは①の書き込みについてだが、自分がブロ友様に対して心掛けているのは

・記事と関係のないことを述べて、記事の内容に触れない。自分の述べていることばかり強調して、聞く耳を持たない。そんなスタンスは避け良き聞き手に回る。(自分の述べたいことだけを延々と述べれば。スパム行為と見分けの尽かないものとなる)

・更新したブロ友様と自分の考えが相反する際、イニシアチブ(誼の構築を前提とするならば、ブログは更新した側にイニシアチブがある)を無視しての本心の吐露は敢えて避けるべきである。(述べればブロ友様の面子を潰すことに繋がるので、どうしても反論を述べたければ、自らが記事を起こして述べるべきである)

怪力乱神に関することは避ける。(「怪」は理屈で説明できないような異様なこと。「力」は力や能力がある等、自らの自慢話に類すること。「乱」は理性を逸脱すること。「神」は人間界のものを越えたオカルト的なもの。(占いや呪術など)

・ブロ友様にアクシデントがあった際の心情への深入りは避ける。(お見舞いや同情の言葉まではセーフだが、これを越して憐憫の情の域に踏み込むと心情を害する可能性がある)

・ブロ友様の述べる言葉に含み(自分への言い聞かせ)があり、述べていることと本心が異なる際(迷いがあって、まだ悟りの域に達していない)に、悟りめいたことを述べる(心情の先取り)のは避ける。

・明らかに事実と違っているものの、それを指摘すればブロ友様の面子が潰れてしまう。例えば、肖像権や車のナンバーなどの個人情報が写った画像を掲載している。そんな時は敢えて見て見ぬふりをする。

である。


の返しコメントも基本的に①と同様である。肝心なのは、真実を述べたいがゆえに、ブロ友様に「これは間違いですよ」と真正面から指摘することである。これによってブロ友様の面子は潰れることになる。親密度や性格にもよるが、「水澄めば魚棲まず」の理となる。


実際に顔と顔を合わせて述べるのと、インターネット上でやり取りするのは全く意味が違うということである。自分は常にこのようなことを意識してブログを運営しているが、このスタンスは十数年という長い年月を掛けて培ったことである。


今の私が人付き合いの基本として意識しているのは

・五常(仁義礼智信)の履行。

・完全主義はNG。(時には曖昧さも大切)

・自他の共存を常に意識する。(イメージはキャッチボール)

・相手への敬いを欠かさない。(積極的に労いの言葉を掛ける)

・相手の心情の深層部を読み切る。(早とちりは禁物)

である。


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横町コメント
なぜこんな記事を書いたのか?と問われれば、このような指南書の類はどこを探してもないからです。在るのはどうしたらブログから収益を上げられるか?というものばかりです。無ければ自分で書くというのが私の流儀です。

ローマは一日にして成らず」と申しますが、ブログも全く同じです。但し自己客観を抜きにしての前進はありません。これまで自分は潔癖や完全主義がたたり、多くのブロ友様を失いましたが、その教訓を今後に活かし、自他の共存共栄を心掛けて参ります。ブログの本質に迫れば自ずとそうなると考えております。

自分は如何にして「背理法を駆使して無難なコメントを残すか?」という難問と常に向かい合っていますが、時に「沈黙は金雄弁は銀」(まだ誼を通じていないうちのコメントは短めに)を如実に重ねることが多々ございます。然らば、多弁はよほど誼を通じたブロ友様以外は避けたほうが無難と解釈しています。

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2六百横町
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