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我が国の企業に於いて、主に使われる労いの言葉は大きく分けて二つある。一つ目が「お疲れ様」であり、もう一つが「ご苦労様」である。今日はこれについて話をしたい。実は或る大企業の二社(自分の知る限りでは)のTOPが揃って「お疲れ様」という挨拶を企業内で禁止としている。その理由は共通しており「疲れていては仕事が出来ないから」であると言う。


1お疲れ様でしたイラスト

自分はこれを曲解(語感から受ける印象を最優先してしまい、背後に潜む労いの気持ちを軽視したもの)と感じている。これらの言葉は我が国の慣習として昔から使われてきた労いの言葉(勤労を尊ぶ)言葉と解釈している。挨拶の根本を辿れば儒教に到達するが、更に掘り下げれば武家社会のイデオロギーとなった朱子学に結びつく。「お疲れ様」には、昔の主君が家臣に対して述べる「大儀であった」と同義を感ずるのである。


実は「お疲れ様の見直し論法」が昨今、倫理教育の場でテキストとして使われた経緯もあり、自分としはどうしても黙って居られなくなった。一方の労いの言葉「ご苦労様」については二人の社長は触れていないようだが、恐らく「お疲れ様」と似た扱いなのではと考えている。「社会人のマナーに関する著物」等を見ると「ご苦労様」は目上が目下や同僚にかける言葉とされるが、その解釈は一様でなくファジーな領域とも言える。従って自分はこの場で「お疲れ様」と「ご苦労様」の使い分けや是非を問うつもりは毛頭ない。要は掛ける挨拶言葉が相手を労っているのか、そうでないかという事が問題なのである。


それはさておき、作家の五木寛之氏は自著の随筆『ゆるやかな生き方』の中で、「お疲れ様」は彼自身、年下の者にそう言われても少しも不快感は感じないとしている。五木氏の言葉は私も共感する次第である。では「お疲れ様」や「ご苦労様」の他にどんな労いの挨拶があるのか?これは某セミナーに出席した自分が講師を務めた本人から聞いた話であるが、二人のうちの一人(数万人の社員を擁する企業の元TOP)は「こんにちは」や「こんばんは」でこれに代えているという。


自分はこの挨拶では相手の勤労を讃え、相手を敬うという意に於いて明らかに不足するものを感ずる。それを言うのなら「大儀でした」のほうがまだましである。但し、我が国では慣用語を重視するという慣わしがある。従って聞き慣れない「大儀でした」よりは「お疲れ様でした」や「ご苦労様でした」のほうが、ずっと通りがいい印象を受けるのである。


例えば、自分が外回りから帰ってきたとしよう。その時に他の職員から掛けられてもっとも嬉しい言葉が「お疲れ様です」と考えている。自分は労いの言葉を自分の主観で決めるのでなく、相手の気持ちを第一に考え、どう言われたら真心のこもった挨拶になるのかをよく考えた上で、挨拶の言葉を決めたほうがいいと考えている。即ち、自己の気持ちなどよりも他者への仁を優先したいのである。


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横町コメント

ブログカテゴリーに「礼節の在り方」を掲載し、本記事で4記事目となります。とかく煙たがれるのは百も承知していますが、これを揚げ足取りと解釈するのではなく、世相への風刺・進言とお取り頂ければ幸いです。長年、建設業界に身を置いた私としては「お疲れ様」や「ご苦労様」がごくスタンダードな挨拶でした。汗水垂らして働いた作業員や現場監督を労うのに、これほど相応しい言葉はなく、他にかける言葉はどうしても見い出せないのです。


これに代わる労いの言葉は思いつきません。「お疲れ様」禁止令を出したTOPは何れも建設業界ではありませんが、この挨拶は禁止すべきでないと痛感した次第です。倫理協会に関しても同様です。倫理協会に一言申し上げたいのは、挨拶に関しては、一握りの企業のモラルの動向に左右されることなく、我が国における慣用例をもっと重視して頂きたいということです。


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