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  トゥナイト 1994年3月14日 司会 利根川裕  


リンク動画について
昨年の4月、リンクした利根川裕氏のYOU TUBE動画(長唄「越後獅子」)がリンク無効となった為、別なスレッド(1994年3月14日放映の深夜番組トゥナイト)をリンクしたい。改めてプロフィールを紹介したい。

利根川裕氏プロフィール

1927年(昭和2年)生まれ。新潟県立糸魚川中学校、新潟高等学校を経て1950年東京大学文学部哲学科卒業。東京都立上野高等学校教員ののち1959年中央公論社に入りする。

その後『婦人公論』副編集長編集局次長を歴任し1966退職作家となる。1968年「糸魚川心中」で直木賞候補、1969年「B少年の弁明」で直木賞候補。

1980年から1994年まで14年間に渡ってトゥナイトの司会を務める

1980年『十一世市川団十郎』『ホットアングル』で日本文芸大賞特別賞、1991年『それぞれの方舟』で日本文芸大賞受賞する

1994年から1998年まで新潟経営大学教授を務める2007年大衆文学研究賞受賞。歌舞伎に詳しい。


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ちなみに、利根川氏は1994年の3月をもってトゥナイトの司会を終えている。従って、この動画はトゥナイトとしては最後に近い出演である。翌月4月からの司会は石川次郎氏(雑誌編集者)が受け持つこととなった。アシスタントは玉利かおるさんである。


1往年の利根川裕

レギュラーリポーターの一人として、乱一世氏(1950~)が挙げられる。乱氏はこの出演の3年後のトゥナイトの出演中にスポンサー―のCMを疎んじる発言「出演者の皆さん、CMです。トイレに行きたい人は行ってもいいですよ」という伝説的な失言(放送事故とも)があり、暫く番組を下ろされた経緯があった。本人は冗談のつもりだったらしいが、結果的にスポンサーの逆鱗に触れてしまったようだ。それはさておき、軽妙な発言で結構人気を博したリポーターであった。

2乱一世

高尾晶子氏(1972~)は広島県出身のタレントでキュートな印象であった。1993年秋~2002年春の最終回までの8年半に渡ってトゥナイトに出演し続けている。1998年には写真集も出版されていて、何かと話題性のある出演者であった。

3高尾晶子

この番組のテーマは新ゲーム機戦争である。折しも家庭用ゲーム機の新機種が一斉に発売され、多くの若者の職種が動いたころである。今の私はゲームはやっていないが、一日が27時間くらいあれば、やってみたいゲームがある。コーエーの大航海時代である。

舞台は中世の世界でとにかくスケールの大きなシュミレーションゲームであった。ゲームの性質上、純然たる冒険者(非武装)を選ぶか、武装した海賊を選ぶかは個人の選択に委ねられる。武装した場合は大勢の水夫を船に乗り込ませる必要があり、大量の食糧や水を積む必要があった。そのような理由で両方のキャラクターを兼用するわけに行かない。このへんの設定に奥の深いものを感じるゲームであった。

4大航海時代の世界地図

横町コメント
利根川氏は存命ならば、今年で95歳になります。インターネットでは86歳の頃の画像がヒットするだけです。今もご健在ならいいのですが…ところで、トゥナイトは1980年(昭和55年)から1994年(平成年)までテレビ朝日系列局で放送されたテレビ朝日制作の深夜ワイドショーです。


世論を反映した情報番組要素とバラエティ番組の双方を併せ持っていましたが、この番組は情報面をより強化した内容で放送されていました。見方を返ればモーニングショーやアフタヌーンショーの深夜版と言えないこともないワイドショーのような番組とも言えます。司会は、番組放送開始から終了まで一貫して作家の利根川裕氏が務め、週4日編成で、一時間弱の放送枠でした。


利根川氏は作家(元雑誌の副編集長)という職業柄、理知的な印象を受ける人物で、名司会者の一人と言えます。それと忘れてならないのは、温厚な語り口と笑顔が視聴者に好印象を与えたことです。彼の人徳がこの深夜番組の人気を一層引き上げた気が致します。


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