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 1971 モハメド・アリVSジョー・フレイジャー 


何を明かそう私はかつてボクシングの熱烈なファンだった。過去形を用いたのは最近、あまりテレビでボクシングの試合を観なくなったからである。時間がないというのも理由の一つだが、あまり魅力を感ずるボクサーが少なくなったのも響いていると感じている。


本日紹介するヘビー級ボクサーのジョー・フレージャー(1944~2011)はニックネームをスモーキング・ジョーと言った。煙草の銘柄にも同じ名があるようだが、けしてヘビースモーカーだったからという意味ではない。蒸気機関車のようなタフネスを備えた武骨なボクシングスタンスがネーミングの由来である。今改めて彼の風貌を見ると太い葉巻を加えれば似合いそうなキャラクター(マフィアのボスのようにも見える)であり、けしてスマートな印象ではない。


1ダンディなファッション

フレージャーはヘビー級としては体格的に劣勢(182センチ)であった。リーチ(腕の長さ)も一般のヘビー級ボクサーに比べれば劣る。それゆえに彼はファイター(接近戦に持ち込み、打ち合いを厭わないボクシングスタンス)を貫くしかなかった。


接近戦で相手のパンチを交わすのは困難なだけに、ダッギング上体を前に屈めるようにして相手のパンチをかわす戦法)だけでは足らない。ブロッキング(腕を楯にして敵のパンチの衝撃を和らげる技術)を駆使してがむしゃらに前に出るスタンスであった。但し、それだけではない。彼の一番の持ち味が無比とも言える不撓不屈の闘争心である。ヘビー級ボクサーのパンチは非常に重い。それを何度もくらっても、まったくダメージがないかのように烈しく上体を揺さぶり続ける。リング上の相手からすれば、これが不気味に見えたのかも知れない。


数ある彼のファイトの中で、最も印象に残ったのが1971年に行われたモハメッド・アリとの死闘である。実はジョー・フレージャーは練習中の負傷で左目の視力がゼロに近かったという。ということは右目だけで戦っていたことになる。このため右から来る相手のパンチがほとんど見えなかったという。それでもそのハンディを克服してアリを破ったのである。或いは彼には動物的勘が備わっていたのかも知れない。試合の後、フレージャーは一箇月の入院を余儀なくされた。”肉を取らせて骨を断つ”とはまさしくこのような戦いぶりを言うのではないだろうか?


2泥臭いボクシング

ここまではジョー・フレージャーのことを述べた。これからは自分自身のことである。古いブロ友様はご存知だが、自分の生き方は武骨そのものである。どういうことかと言うと、風に靡く柳とは相反する生き方をいうことである。権力に抗う生き方をすれば当然浮いてくる。それを最初から百も承知の上で貫く。これが自分の生き方である。

思い起こせば、このような性分は少年時代から既に顔を覗かせていた。あれは小学校の中学年の体育の時間である。ドッジボールで内野になった際、多くの者は敵がボールを取れば逃げるわけだが、自分だけは相手に向かっていった。逃げることが嫌いな性分はもちろん今も続いている。

こういうやり方は人の何倍ものエネルギーを消耗するわけだが、逆の見方をすればリスクに常に晒されているということになる。天邪鬼の一匹狼ゆえ自分に落ち度があった際のバックアップがないということである。しかるに単なる猪武者では頂けない。武士道には「自ら打って出る」という言葉があるが、これはけして匹夫の勇と同義ではない。用意周到な準備があってこそということである。

3リングから逃げろだと?

横町コメント
セカンドライフに入った今でも、やはり自分にとって宮仕えは向いてないと考えています。であるならば、自分で事業を起こせばいいのかも知れません。実際、これは複数の人から言われた言葉です。坂口安吾に言わせれば、私小説を書くには人前で裸になるくらいの覚悟がないといけないと言われますが、本日は、「我が人生観」について、いつもより踏み込んで書かせて頂きました。

ブロ友の皆様においては率直な感想をお寄せ頂ければ幸いと考えています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
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4六百横町

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