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去る9月10日まきあーとテラス内の石巻市博物館を訪ねたが、本日は非常に気になった石巻出身の著名な彫刻家を紹介したい。以前も紹介したが、独創性に富んだアートを感じるまきあーとテラスの外観である。建築デザイナーの心理を推し量れば、ギザギザな外観は港町石巻の工場群などを表現したかったのであろう。秋の青空を背景に、起伏に富んだ白亜のシルエットが一層映えるシーンである。


1マキアート外観UP

以下Wikipediaより彼の力歴を引用する。高橋英吉(たかはしえいきち1911~1942)宮城県石巻市湊地区の出身。東京美術学校(現東京芸術大学)で木彫を学び、文展(現・日展)を中心に活躍した。「海」を主題とする独自の作品を生み出した。『黒潮閑日』『潮音』『漁夫像』の《海の三部作》などにより将来を嘱望されたが兵役に就き、1942年にガダルカナル島の戦いで戦死した。


実はWikipediaの情報は最新の情報ではない。彼の作品の数々は美術愛好家の手に渡っていたのだが、近年になって石巻市に寄贈されたものもあるという。如何にも美術青年という印象を受けるが、優しそうで繊細なものを重ねる英吉の青年時代である。


2高橋英吉

百聞は一見に如かず、先ずは彼の作品をご覧頂きたい。昭和13年(1938年)作「恵比寿・大黒」である。神仏に関する作品の他、蛙や牛などに関する作品もあるようだ。「恵比寿・大黒」は27歳の時の作品である。

3恵比寿・大黒(昭和13年)1938

昭和14年(1939年)作「潮音」である。(英吉28歳の作品)筋骨隆々たる男性が海風を受け、遥か彼方を見ている。或いは若き日の英吉の願望(逞しい男性でありたい)が込められた作品なのかも知れない。海にちなんだ作品が多いのは、彼が生まれ育った港町石巻が大いに影響したものと思われる。

彼は前年の昭和13年(1938年)船員として南氷洋の大海原に出ているが、或いは同じ船に乗った仲間がモデルとなった可能性も否めない。

4潮音(昭和14年)

昭和15年(1940年)作 聖観音立像(しょうかんのんりゅうぞう)である。(29歳の時の作品)この作品は昭和13年に亡くなった母の菩提を弔うために作られたとされる。英吉はこの作品で賞を受けているが、仕上がりに満足することなく、終生に渡って手を加え続けたという。

5聖観音立像(昭和15年)1940年

昭和16年(1941年)作の「漁夫像」である。逞しい肉体と柔和な表情が印象に残る作品である。漁夫の表情が穏やかなのは英吉の仏像への関心があったともされている。古代ギリシア美術とも重なるものを感じる。或いは東京美術学校在学時に接した作品が彼の視野にあったのかも知れない。

6漁夫像作品(昭和16年)1941年

横町コメント
彼は31歳という若さでガダルカナル島で戦死しました。天才薄命という言葉がありますが、まさにこれが当てはまるかのような高橋英吉の短い生涯でした。自分としては彼の作品に接する度に非凡な才能を実感する次第です。これで石巻博物館に足を運ぶ機会が更に増えそうです。郷里石巻が生んだ天才彫刻家が多くの石巻人の誇りであるのを日々実感する昨今です。

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7六百横町
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