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 ベートーヴェン - 交響曲 第6番 ヘ長調 Op.68《田園》 
リンク曲について
カラヤン(1908~1989)はクラシック音楽界の主要ポストを独占し、この分野における多大な 影響力を持ち多くの人を感動させた。ベートーベン(1770~1827)は
①田舎に到着した時の感動
②人々の楽しい気持ち
③穏やかな川のほとりの風情
④嵐の後に見舞われる牧歌的な叙情
を込めてこの曲を作曲したと言われるが、この曲はいつ、どんなシチュエーションで、何度聴いても、今の私を酔わせるに十分な曲である。第九(歓喜の歌)も悪くないが、私にとっては第九を凌ぐのがこの曲である。

私は定年前の一年半宮城県南部の田舎町・亘理に住んだことがあった。今思い返せば、この時の余韻が今もずっと続いていると言っても言い過ぎでない。それだけ、この一年半のローカルな生活が私を癒し、老後において明るい希望を灯したのである。どこまでも平坦な亘理地方の美しい田園は、阿武隈川の沖積と海から寄せくる砂の膨大な堆積によるものであると郷土史の文献で読んだことがある。

この曲が生まれたのは1808年ゆえ、今から209年も前のことである。私は今晩酌に及んでいるが、今宵は200年以上も経てけして尚色褪せない名曲に酔い、還暦を過ぎた我が青春を謳歌したいと考えている。

天才画家ゴーギャンは晩年タヒチに渡り、晩年における新たなゾーンを創ったが、私はゴーギャン同様にこの亘理での生活が自分の晩年に計り知れないものをもたらしたと捉えている。この時の私の勤務地は福島県相馬市だった。

毎朝5時50分には家を出て、7時11分亘理駅前発のJR代行バスの始発に乗車して相馬に向かった。バスの乗車時間は約1時間、この時の私は車窓からのローカル極まるロケーションにどんなに癒されたか計り知れない。それが感動に繋がり仕事に好影響をもたらし、延いては公私に渡って生活全般の好循環に繋がったと捉えている。

亘理町の西に控える阿武隈山地の標高はせいぜい200メートル前後、山と言うよりは丘に近い。私はここに限りない風情を感じたのである。山と言えば標高の高い山にのみ着目される向きもあろうが、何も高い山が全てではない。確かに高い山には畏怖を感じるが、その一方で気高く馴染み難いものも感じる。人間も畏怖されるよりは親しまれ、愛されるほうがずっといいのではないだろうか?

少なくても、バスの車窓から見た阿武隈山地は老境を迎え、すっかり角が取れた私を優しく包み込むような包容力があった。これはきっと私のみでないのだろう。阿武隈山地のなだらかな峰々は、きっと多くの人々に癒しをもたらす存在なのではないのだろうか?

さてそろそろ本題に入ろう。私は現役時代に一寸先が見えない闇の中をずっと歩いてきた。そんな職場のもやもやを晴らすに十分な存在が亘理町の豊かな自然環境であった。亘理での生活は花鳥風月を朋として風流に暮らした一年半だったが、今となっては戦いに明け暮れた日々は全て過去のものとなった。そのような過程を経て、ようやく今の私は素直に在りのままの自分を表現できる心境に到達したのである。

然らば力まず、残された余生を有意義に全うしたいと考えている。具体的には自分の肉体が亡んでも後世に何かを残せればいい。死に際に及んで、そう思えるならそれ以上の幸いはないと考えるのである。
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ミック挨拶
今日は仕事納めでした。多少の波乱はあったものの、今年一年を振り返れば上出来とも言えるセカンドライフの滑り出しでした。本日はそんな一年を回想し、晩年に向っての構想を披露させて頂きました。苦在れば楽在り。今の私はその両者の何れとも言い切れませんが、客観的にそう思うことこそが、今の自分にとっての至福の極みと受け止めております。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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