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 NATIONAL ANTHEM OF PARAGUAY 



不幸なアメリカの人々を
3世紀間、王権が虐げた
しかしある日、怒りを噴き出しながら
もうたくさんだ! と言い王権をつぶした
我らの父たちは壮大に戦いながら
彼らの軍の栄光を勝ち取った
そして8月の王冠がばらばらにされ
彼らは勝利の縁なし帽を掲げた
そして8月の王権がばらばらにされ
彼らは勝利の縁なし帽を掲げた

〈コーラス〉

パラグアイ人たちよ、共和国か死か!
私たちの活力が私たちに自由を与えた
圧制者たちも奴隷たちも存在しない
団結と平等が統治するところでは
圧制者たちも奴隷たちも存在しない
団結と平等、団結と平等!
団結と平等が統治するところでは!

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命がけで独立を勝ち取ったため、この曲も他の中南米国歌の例にもれず、過激とも言える歌詞である。しかし、ただ過激なだけではない…テンポが早い曲だが、クラシック顔負けの気品が漂う。私はサラリーマン現役時代、権力に抗う生き方をしてきた。気の休まる暇などはなかったのである。唯一音楽を聴くのは自らの士気を高める曲であった。そう言う意味で、パラグアイ国歌はよく聴いたものである。セカンドライフに入った今は平穏な日々を送っているが、時折十年ほど前の自分を思い出す為にパラグアイ国歌を聞いている。名誉を重んずる。そのためには命を懸ける。ここがこの国歌のキーポイントである。

1パラグアイ国旗

国歌をブログに掲げる理由

自分が人様からブログで最も重視しているものは何か?と問われたら「アイデンティティです」とお答えすることだろう。アイデンティティを失えばものは書けなくなるというのが自分の考えである。傍から見れば強い思い込みと見えることも多々あることだろう。それでも自分を信じて記事を書く。これに勝るブログの推進力はないと考えている。国歌へのこだわりは他人から見れば風変わりな趣向だがこれは今に始まったことでない。


自分が各国の国歌を意識するきっかけになったのは学生時代に、テレビでボクシング中継を見てからである。タイトルマッチは日本人と諸外国の選手が戦うシチュエーションが圧倒的に多かったが、試合前の国歌演奏では特にラテンアメリカ(メキシコやコロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン、チリ)の国歌が印象に残った。ラテンアメリカの国歌は多くがハイテンポであり、我が国の国歌とは相反するものを感じた。歌詞を調べてみると時に独立を果たした際の血を血で洗うような壮絶な戦いを窺い知ることができる。愛国心はどの国も一緒だが過激度が国によって異なる。これに引き換え、敗戦国である我が国はどうしても穏かな曲にならざるを得ないと解釈している。


ワールドカップサッカーの試合前の国歌演奏もよく聴く。ヨーロッパの強豪国であるイギリス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、フランス、ポーランド…それぞれのお国柄を感じつつ感慨深く聞き入っている。フランス国歌のLe Marseillaise(1795年制定)などは非常に過激な歌詞「敵の不浄な血で耕地を染めあげよ!」が含まれるが、このあたりはフランス革命の過酷な歴史が蘇るような印象を受ける。


但し、フランス国内では過激過ぎて現代には則していないと考える人も存在する。自分が驚いたのは、フランスでテロのあった2015年の非常時に開催された国会の場の死者追悼の場(演奏なし)で、誰ともなくLe Marseillaiseを歌い出し、大合唱に至ったことである。テロには絶対に屈しないという断固たる姿勢だが、この国は国民の多くが未だに建国の精神(命がけで国を護り、他国の侵略を許さない)を失っていないと感じた次第である。


一方でオーストラリア国歌のAdvance Australia Fair(1984年制定:進め美しのオー外ラリア)などは典型的な国土賛歌という歌詞「すべてのオーストラリア人よ歓ぼう!我らは若くて自由…」で聞いていても、すんなりと耳に入って来る。オーストラリアはカナダ、インド、ニュージーランド、南アフリカなどとともに”コモンウエルス ネイションズ”に含まれるが、改めてイギリスという国の影響力の大きさを思い知る国歌でもある。当のイギリスの国歌God Save the King(1745年制定)に対しは、この国の持つ圧倒的な権威を感じる。


横町コメント
本日は久しぶりに外国国歌をリンクしましたが、これからも機会があったら履行したいと考えています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
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2六百横町
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