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 大山康晴ロングインタビュー 1991年 


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大山康晴15世名人(1923~1992)のインタビューである。亡くなる1年前のインタビューにはとても思えない。内容的には中原VS米長のタイトル戦の観戦役を前にしてのインタビューなので、勝負師らしからぬリラックスした雰囲気(第三者的立場)が感じ取れる。今まで私は将棋に関する記事をブログに書かなかったが、実はかなり打ち込んだ時期があった。腕前に関しては読者諸氏の想像に任せたいが、今後は折を見て将棋に関する記事を書きたいと思っている。

大山名人はタイトル獲得が80期(歴代2位)と輝かしい戦歴を遺してきた棋士である。29歳で名人位を獲得し、30代~40代は無敵を誇ったが、特筆すべきは50歳を過ぎてからの活躍が秀でていることである。年齢から言って全盛期は過ぎているはずなのだが、それを少しも感じさせない”抜群のキレ”があった。或るCMで「花の五十代」という言葉が流行ったが、そのCMの張本人こそが大山名人であった、トレードマークの眼鏡はまん丸で、丸顔の輪郭と相まって非常にインパクトの強い容貌であった。

1大山名人

実はこの本「将棋・勝つ受け方」はかつて私の愛読書であった。大山名人の将棋は受け将棋である。実はプロアマを通じて受け将棋は攻め将棋に比べて圧倒的に少ない。これは誰しも攻めている時のほうが、快感を感じやすいということが関わっているからに違いない。

実社会で話し上手は掃いて捨てるほど居るが、聞き上手は少ない。私はこれと似ている気がしてならないのである。ちなみに現役棋士で受け将棋の棋士を挙げるのなら、木村一基九段、丸山忠久九段などが思い浮かぶのみである。大山名人は受け将棋で振り飛車党なので、今の将棋界でこれと似たタイプの棋士を見い出すのは結構難しい。

受け将棋というと一見地味に聞こえるが、大山名人によると「ただ平凡に守るだけでは潰されるだけであり、常に反撃の含み(カウンターパンチ)がないと受け将棋は成り立たない」と言う。これはかなり難しいことだが、角や金の使い方が巧みでないと、とても出来るものでない。大山名人は相手の攻め筋の多くを読み切っているがゆえに、絶妙のカウンターパンチが出せるのである。

2将棋の受け方

大山名人の屈指のライバルは升田幸三実力制第四代名人(1918~1991)である。升田氏は大山名人と異なり、切れ味鋭い豪快な攻め将棋でならした棋士である。数々の新定跡を作るなど天才肌の棋士であった。奇しくも大山名人とは木見金治郎門下の兄弟弟子であった。長髪、髭ぼうぼうの風采は反骨の野武士を思わせるものがあった。

3升田幸三

横町コメント
私は大山名人から多くのことを学びました。相手の攻めを受けるということは、並々ならぬ忍耐力が求められます。但し相手の狙いを見透かしているゆえに、反撃に転じることが可能になります。剣術において「誘いの隙」というものがございますが、これは受け将棋におけるだ常套手段でもあります。先ずは相手の出方をじっくりと見てから、己の出方を入念に決める。これが私の座右の銘です。

実生活に例えるなら、先ずはお手並み拝見で相手にしゃべらせてみる。それから自らの出方を決めるということです。軽率な相手はこの段階で尻尾を出す。そういうことになります。それはさておき、本日はブログの新たなカテゴリーに「私にとっての将棋」を新たに加えました。

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4六百横町
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