fc2ブログ

ブログにおける私の倫理観

ブログを開設して14年が過ぎた。14年と言えば結構長いが、その間に様々なことがあった。よくブログは社会の縮図と言われるが、ブロガーには多彩なダイバーシティが見られる。その中で特に感じるのは聞き役に徹する事が出来る人は相当少ないということである。それなりに社会的な立場を持ったおかたでも、他人のブログに訪問し、自分の都合ばかり触れ、記事の内容にはまったく触れないかたもおいでである。これには寂しいものを感じる。自分が折角汗水垂らして書いた記事を読んで頂けず、自分のほうばかり注目して欲しいという心情(これを突き詰めればスパム行為にも重なりかねない)が垣間見えるからである。人間も動物であるからには、煩悩は欠かせないが、人間の普遍とは元々そんなものなのかも知れない。


ここで車の運転を例に挙げたい。十字路の双方が一時停止の交差点で車同士が出くわした際、ほとんどの相手は自らの車を先に発進させようとする。高級外車などは特にその傾向が顕著であり「お先にどうぞ」と譲ってくれるドライバーなどはごく少数である。これは街を歩いていて辻などで歩行者同士がぶつかりそうになった際もまったく同様である。心に余裕がなければ、道を譲って相手を優先させるような行動は難しい。


では合図や会釈もなしに早い者勝ちで、目の前を過った車や人をどう捉えるか、ほどんとはむっとすることだろう。相手に好感を持たれたいのであれば、これと逆なこと(相手に道を譲る)をすればいいわけであり、ブログのコメントの交換においても同様である。然るに心に余裕がないと他のブロガーに対して思いやりのある言葉を掛けるのは難しい。道路で相手に道を譲る行為とブログで聞き役に徹する行為は、自分にとっては同質(自我を通さず相手に花を持たせる)のものと解釈している。自分はこういう指向に実社会の縮図を見るのである。


さて話は変わるが、過去の記事で私は「相手の気持ちに添うことが肝心」と書いたが、これも結構難しい。それは記事に書いたこと(そうありたいと願っていること)と現在の心情は必ずしも一致しないからである。従って、相手の気持ちを先取りしてしまうと、反感を買うことがあり得る。(悟りには至っていないという意)これは長年運営してきてようやくわかったことである。


一方で長年付き合い気心が知れ、ツーカー(阿吽の呼吸)になってしまえば大概のことは許容できるが、中途半端なツーカーではそのように出来ないこともあり得るということである。ここにブログの奥深さ(真の難しさ)がある。心理の裏の裏まで見透かす必要があるわけだが、それが難しい場合は言葉少なに社交辞令的なコメントを述べるのが無難というものである。


相手の表情の見えないブログでは双方の些細な”ずれ”が大きな軋轢に発展しかねないわけだが、このあたりには細心の注意を払いたいものである。私が敢えてフランクに走らないのはそんな理由からである。礼節や労りの言葉を掛けた他に仁を心掛ける。それでもまだ不安であるならば謙譲も取り入れればいい。これは、これまでの14年間のブログで培った自分の動かぬコンセプトである。


FC2ブログ特有の癖にどう対応するか?

FC2ブログは構成上、ゲストブック機能(ブロガー同士が記事の内容に関わらず交流できる場所)がない。従って記事と関係のないことを書き込むのに苦慮する。これがブロガー同士の交歓を大きく阻害しているのは事実である。最初からFC2ブログしか運営していない人には当たり前と思えることかも知れないが、アメブロなどの交流型ブログとは、異なり閉鎖されたものを感じざるを得ない。もっともただ黙々と自分の記事を更新さえすればいいという人にとっては問題のないものなのだろうが、ブログ上の選択肢は自ずと限られてくる。


但し泣き言ばかりは言ってられない。FC2ブログだからと言ってブロ友が見つからないということはないし、これは本人の努力次第ということである。しいて言うならばFC2ブログではブロ友(お互いに書き込みをする間柄)を見つけるにはアメブロの数倍の尽力が必要となる。自分は3年半前のFC2ブログに移ったばかりの時、この特有の空気がなかなか読めず、戸惑った記憶がある。実際はブロガー同士でコメントを交換したほうが数倍も愉しいしモチベーションも上がるわけだが、そう簡単に問屋は下ろさないのである。


1ブログポリシーの変遷

さて前置きが長くなったが本題に入りたい。これは福岡県久留米市の特定社会保険労務士の倉富様のHPから引用させて頂いた模式図「仕事とプライベートの相乗サイクル」である。自分なりの部分を補足して、現状に極めて近いものを表してみた。現役時代にはなかった新たな人脈も出来、今のところはこのサイクルがうまく機能している気がする。よく「ブログをする人は暇なんでしょう」(朝日テレビ玉川徹氏がモーニングショーで語った言葉)などという言葉を耳にするが、これは主観に基づいた単なる決めつけである。


自分は少しも暇ではないからである。それはブログが自らのライフの一環に融け込んでいるからである。それと「ブログは仕事に悪影響を及ぼすからほどほどにしたほうがよい」というかたもおいでである。これは半分は当たっているかも知れないが、要は自分を制御できるか否かということである。


少なくとも私の場合はブログは文章力(語彙を含め)を鍛える場であり、創作活動や仕事には好影響をもたらしていると自覚している。自分流とも言えるが、何事も中途半端にしないことである。よしんばブログの運営やビジネスが中途半端で終われば、批判の対象になるかも知れない。自分は意地でもそう他人から言われたくないわけで、その反骨精神のベクトルをいい方向に持って行くことに対して全力を注いでいるのである。


2或る社労士の模式図

横町コメント

明日からは運営15年目に入りますが、これまで培ってきた人脈や教訓を大切にして、更に新たなる境地を開拓して参ります。分野としては従来までの歴史や評論の他、緑地探索

や小旅行、人生観などの幅広い分野にペンを奮って行きたい所存です。何卒今後とも宜しくお願い致します。


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3七百横町
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