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朝の国分町を通るのはそんなに珍しいことではない。これはセカンドライフで都心部にオフィスを構える企業に就職した理由からである。自分はその日の気分によって国分町を通ったり、晩翠通を通ったり、春日町を通ったり、一番町を通ったりしている。仙台の繁華街には東西の横綱が存在する。東の横綱が一番町や中央通ならば、西の横綱はさしずめ国分町といったところになる。国分町は東北一の歓楽街であり、夜の街である。それだけに朝は閑散としている。同じ道でも夜通るのと朝通るのでは雲泥の違いがある。晴れた日の朝に通れば清々しいものさえ感じるが、この街の根底に潜むのが人間のどす黒い欲望であることには違いがない。花街というやつである。


1国分町

人間の抱く煩悩には常に喜怒哀楽がついてまわる。それだけに、国分町は人間社会の縮図のようなものが見え隠れしてくるのである。通る度に若い時分の思い出が脳裏を掠める国分町だが、たそがれが近づいた自分にはこれまでにない心情が一層加わってきている。それはこれまで関わってきた人間の横顔である。店の顔馴染みのスタッフは今頃どうしているのだろう?飲み仲間だった連中は元気でいるのだろうか?これが気になってきたこと自体、自分が年を取った証なのだろうが、朝帰りで連れ立って大声で騒いでいる若い連中の様を見ていると、いつになっても人間は同じことを繰り返すと言う普遍を感ぜずにはいられない。されど青春は二度と戻ってこない。彼らにはコロナもクラスター感染もへったくれなのかも知れない。


2階段

若い人に述べたい。羽目を外すのは構わないが、せめて他人に迷惑を書けないようなスタンスは忘れないで欲しい。それでもバブル期を経験した自分から見ると今の国分町は幾分大人しく見える。その様はかつて栄華を誇った港町の衰退とも酷似している。世の中の景気、不景気がもろに反映されるのが夜の街というものである。今の自分はもちろん飲んでどんちゃん騒ぎをするような年齢でないが、休日前に軽く引っ掛けるくらいだったら、一杯飲み屋やパブに立ち寄りたい気がする。せっかく縁のあったサラリーマン人生ゆえ、その最後を夜の街で締めくくるのもけして悪くないだろう。


3テナント

国分町の本通りを外れて横丁に入る。藤子不二雄の漫画で『笑ゥせぇるすまん』という作品があった。その主人公が喪黒福造であった。悩める現代人の夢をかなえるというキャラクターであったが、ストーリーには必ずオチがあった。それは人間が煩悩に勝つのは容易でないということである。『笑ゥせぇるすまん』によく登場したのが夜の街であった。現実と夢と幻の境界を探るのは難しい。数年、数十年と経てば、ほとんど見分けが尽かなくなる。たった一度しかない人生。どうせ見る夢なら、非日常の世界をとくと味わいたいものである。

4飲み屋のひしめく路地

横町コメント
残りわずかとなったサラリーマン人生ですが、折に国分町に足を運び、若かりし頃の自分を振り返りたいと考えています。アフターファイブ、一杯ひっかけてから帰路につく。こういうかたの多くはストレス発散術が巧みに思えます。英国流に言えばパブはコミュニケーションの場です。

雑談は人間関係の礎であり潤滑油になり得ますが、節度を弁えた酒飲みは社交性を養うことに繋がります。やはり人生真面目一本では寂しい。現役時代の東京転勤の際(十数年前)に、自分にこのような面があったら、もっと違った人生を歩んでいたのかも知れません。

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5六百横町
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