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VIVALDI – WINTER (Four Seasons) Organ JONATHAN SCOTT


【コラム】
オルガニスト ジョナサン・スコットによるヴィヴァルディ『四季』の「冬」はスコット演奏の『四季』の中での再生回数が圧倒的に多い曲である。私はその理由をいろいろと考えてみた。これはあくまでも自分の感性だが、3分30秒後のあたりと4分8秒後のメロディーに他の四季(春・夏・秋)に対して明らかなアドバンテージがあるように感じる。

それはさておき、フリーとなった今は久しぶりに解放感を味わっている。然るに、人間には喜怒哀楽と盛衰がつきものである。今が満ち潮ならば、いつかは必ず引き潮が来る。その理から言えば、次に来るのは引き潮なのかも知れない。船乗りは昔から「板子一枚下は地獄」と言うが、まさに実人生もその言葉通りであり、完全リタイヤはしたものの、この先どんな試練が待っているのかはわからない。それが人間というものの普遍であるわけだが、本来ならば来るべきその時に備え、心の準備が出来ていなければならない。

自分はずっと以前からこれに気づいていたのだが、どうも他人事のようなものを感じて、これまで先送りにしてきた。そうこうしているうちに、気づけば今の年齢になっていたのである。本来であれば、あらゆるものに分別がつかねばならない年齢なのだが、どうも自分はその域に達してないような気がするのである。有事になって慌てふためくことのないように、普段から心の整理をしなければならないのだが、まだ心のどこかに甘えがあるのかも知れない。

奥歯にものが挟まった表現を止め、ずばり言えば自分や家族の不幸に対して目を背けずに受け入れられるか?ということである。夢と希望を追うのはいいが、いざという時に備えて自らを磨いておきたい。手本になるのは歴史に名を刻んだ侍の生き方である。侍と言うのはどんな時でも私事に走ってはならない。主君や家、明治維新であれば国の為に何をすべきかを常に考え、それを強靭な意志をもって実行することを大義としている。従って己の命は二の次になる。そのような侍の生き方を振り返る時、自分の未熟さが一層浮き上がって見えてくる気がするのである。

飽食と言われる現代だが、侍の生き方を論じるのはけして時代錯誤ではない。大義のためならばいつ死んでもいいと思うのが侍ならば、その生き方から学ぶことはけして無意味でないし現代にも繋がるものがある。自分は侍に対してそんな考えを持っている。リタイヤした今は様々な柵に縛られることなく、腑抜けになることなく、大義に生きたいと考えている。自分にとっての大義とは自分の書いたものを後世に残すことである。今後は歴史もののみではなく、啓発書や私小説にも範囲を広げて行きたい所存である。

0スコット

さて、暮れも押し迫った感のある本日だが、11度と言う最高気温に誘われ街に出てみた。ここは国分町と定禅寺通の辻である。国分町は昔は大動脈とも言える奥州街道だったが、今は夜の街としての顔を持つ。ここに来ると、多くの先人たちがたどった人生絵巻が朧に見えてくるのである。世から去っていった先人たちはこの辻に際し、どんな思いを抱いたのだろう…

1辻

本日の私の目的はカフェ・ベローチェ仙台定禅寺通店で読書をすることである。この時間は内部が丸見えだが、中に入ればそれを補って余りあるほどの開放感がある。

2店内

この感覚を例えるのならばサンルームである。(直射日光による眩しさはブラインドでスタッフが調整)まだ新年になっていないが、ここに来れば一足先に春の足取りに触れることができるのである。本日読んだ本は①田中春泥監修『心に響く漢詩 名句辞典』②コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの回想』「グロリアスコット号事件」である。

『心に響く漢詩 名句辞典』の中の漢詩を引用し、完全リタイヤした今の私の心境を語りたい。
「但だ酩酊を将って佳節に報いん 用いず登臨して 落暉を恨むを」 杜牧九日斉山に登高す』よりより
意味:大いに酔っぱらって、この佳き日(重陽の節句)に応えよう。高みに登って人生の晩年を恨み嘆くようなことはするまい。

今日(12月28日)は大安で八のつく日ゆえ日取りがいいとされる。それと今の自分の心境を見事に言い当てたのがこの句である。完全リタイヤを果たし愚痴がないと言ったら嘘になるが、好日に免じてつまらぬ愚痴はこぼすまい。

3座席回り

カフェ・ベローチェ仙台定禅寺通店には1時間15分ほど滞在した。気が付けば陽の光が燦燦と差す時刻になっていた。

5日当たりがよい

横町コメント
『心に響く漢詩 名句辞典』には他にもシンパシーを感じる句がありましたが、披露は別な機会にしたいと思います。これまで雪がほとんど降っていない仙台ですが、これからどうなるか気になります。「冬に対して苦手意識を持たない。親しみを持つように努める」私の冬に対する考えはこの一語に尽きます。具体的に言えば暖房に頼らず、自己代謝を高めることです。これによって風邪をひき難い体質となります。私はこの体質を定年前から意識して毎冬過ごして参りました。侍で言えば寒稽古です。寒稽古をすることで心身が鍛えられます。これは願ってもないことです。

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6六百横町
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