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   Marlboro 1997CM The Magnificent Seven 


随筆「Marlboroという煙草」
煙草を止めた私だが若い頃はMarlboroを吸っていた。今は規制を受ける煙草のCMだが、70年代はそんな規制もなく、全てにおいて大らかな時代であった。そんな時に自分の目に留まったのがこのMarlboroのCMである。馬を駆り荒野を自由自在に駆け巡るカウボーイだが、仕事は非常にきつく誰にでも務まる仕事でない。優男には縁のない荒仕事である。これは建設業にも言える。数年前に荒仕事に憧れ、志願してダンプドライバーになった私だが、その根底には汗と泥にまみれる仕事をしたかったという願いがあった。但し、このような考えはほとんどの人に理解してもらえなかった。

或るダンプ会社の採用面接を受けた時「現役時代にやってきた技術職をしたほうがいいのでは?」とも言われた。私にとってのそんなことは二の次なのである。誰にも務まる仕事には興味を感じないのである。時代は遡るが、カウボーイにもそんなものを感じている。荒仕事を終えた後の Marlboroの味は格別なものに違いない。ハングリーとも言えるカウボーイの世界だが、自分の祖父方ルーツ(岩手県南部から北上川に沿って南下し、河口の石巻に土着)も常にハングリーと戦ってきた。時に寒波や飢饉にも瀕したに違いない。

1カーボーイ

だが、その都度不死鳥のように蘇り、何とか血筋を繋いできた。そんなルーツの苦労があったゆえに、自分はこの世に生かされている。ハングリーは人を強くすると言われるが、自分の生き様はまさにその一語に尽きる。軍人上がりの祖父は馬が好きで、馬の置物を居間に飾っていた。在りし日の我が祖父を思い浮かべるとき、そんな情感が湧いてくるのである。もちろん祖父は煙草を吸ったし、酒も飲んだ。

祖父は私に対しては優しく、一度も怒られたことはなかったが、どんな時(肉親との死別)でもけして取り乱すことはなかった。”胆力の座った人物”とは祖父のことを指すと自分では思っている。今宵はそんなことを想いながら、如何にもカウボーイが好みそうなワイルドなオンザロックに酔っている。現状はけして安閑としていられない。ゆえに戦いは死ぬまで続くことだろう。だがそれは自分に課せられた宿命でもある。

MarlboroのCMには西部劇「荒野の七人」のオープニング曲が使われているが、これにはジャストフィットを感じている。だから私は今でもカウボーイスピリッツに限りないシンパシーを抱く。優男とは対照的だが、自分の体内に流れる血を思う時、合言葉が「ネバーギブアップ」であるのを痛感するのである。

2西部

さて、次の話題に移りたい。大寒まであと五日に迫ったが、今日の仙台の最高気温は9度と比較的暖かかった。私はそれに誘われ午後から街に繰り出した。目指すは定禅寺通である。すっかり枯木と化した欅並木だが、近寄れば既に新芽が芽吹きつつあるのを目の当たりにすることだろう。人間は鈍感だが、動植物は既に春の息吹を一足先に感じているに違いない。

3定禅寺

久しぶりにカフェ・ベローチェ仙台定禅寺通店に入った。カフェは読書の場でもあり、新たな創作を生む場でもある。文芸誌みちのく春秋に連載中の『東街道をゆく』の後は何を書いてやろうか?私は自分の胸にそのように問い続けた。

4カフェ・ベローチェ

横町コメント
本日、カフェを訪れた大きな理由は例え完全リタイヤを果たしたと言えど、生活の質を落としてはならないということです。間もなくデビューを予定しているYOU TUBEへの構想をいろいろと練りながら、本日は忙しく過ぎて行きました。

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5六百横町
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コメント

小説家が書斎で煙草をくゆらす風景もよくあるのですが、肉体労働の合間に煙草を吸う風景もありますね…、サラリーマン時代、組み立てラインについている女性たちが午前、午後に各1回ある10分休憩の間に、休憩室で煙草を吹かすのを見てきました…。煙草はゆっくり吸えば10分以上もつのですが、彼女たちはせわしなく煙草をふかし、煙草を吸い終え、お茶も飲むのですね…。ようするにじっとお茶を飲み休憩するだけでは、休憩した気にならないので、煙草を吸った=休憩したというように感じるのかなと思った記憶があります…。私としては、煙草はゆっくりと吸って心を落ち着けたり、体を休めたりするものだと思うのですが…。

URL | boubou ID:-

こんばんは

Marlboro=アメリカと言う印象がピッタリの
CMですね。
知人が吸っていましたが、古き良き時代の
先駆者のように感じていました。

URL | ichan ID:-

boubouさん、ありがとうございます。

若年の頃、一応吸っていましたが、自分にとっての煙草は口から吸って鼻から出すもので、肺には入れていないのです。所謂伊達煙草とお考え下さい。伊達煙草を吸っていた理由については貴兄の想像にお任せします。

記事のメインは煙草でなく、MarlboroのCMから受けるインパクトです。自分がなぜアウトロー的なものに憧れるのか?そのへんの事情を書かせて頂きました。但しダンプドライバーイコールアウトローではありません。荒仕事ということになります。アウトローとフロンティアスピリッツは自分の中に存在するもう一人の人格とお考え頂きたい所存です。カウボーイスタイルへの憧れも然りです。

ご配慮により、本日も有意義な話題を提起して頂きました。コメントを頂きありがとうございます。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。記事を熟読して頂き恐れ入ります。実はMarlboroブランドを介して自分の実像を表してみたかったのです。アメリカと言えば開拓の歴史を感じますが、Marlboroにはそのスピリッツが宿っている気が致します。

数年前にルーツ調べをした際、祖父方のルーツには何もない所から生活の礎を創り出した形跡が出て参りました。詳しくは『我がルーツと大河北上』に綴った通りです。自分も祖父を見倣い、胆力の座った人物になりたいと考えています。

おはからいにより、本日もお励ましを頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。コメントを頂きありがとうございます。

おはようございます。
タバコを吸っている姿はなんともアウトローなものを想像させて憧れるものがありますが、個人的には体質に合わなかったのか一口でノックアウトされてしまいました(笑)
会社でも休憩時間のタバコは潤滑剤となっている面も多分にありそうで、吸えない自分にはやっぱり憧れるところがあります。

木々に葉っぱも電飾もない定禅寺通ですが、落ち着いた思索に耽るのにぴったりだったのではないでしょうか?

URL | 暇人ity ID:-

暇人ityさん、ありがとうございます。

おはようございます。伊達煙草を吸ってアウトローを装っていた若年の頃の自分を懐かしく感じ、このようなことを書かせて頂きました。自分のアウトロースピリッツは生涯のものですが、多くの紆余曲折を経験してようやく肌についてした気がします。即ち、中身が伴わなければ真のアウトローとは言えません。アウトローは孤独で取り巻きが少ないわけですが、それを厭わない。自分の人生を振り返ればその一語に尽きます。

職場の喫煙コーナーでコミュニケーションを取っている社員は羨ましいですが、煙草を吸わなくても参加できます。自分などは禁煙パイポを加えて参加していました。(笑)喫煙タイムをどう捉えるか?は企業の方針とも言えますが、多少の許容があるならば、されを逆手に取れます。(即ち、多少のロス時間を許容するというニュアンスです)

勤務中にインターネットでニュースや天気予報などは誰でも見ていますが、労使紛争の裁判事例によると、このロスタイムは喫煙時間のロスと同類という見方があるようです。閲覧時間にもよりますが、業務に差し支えない限りは常識の範囲ということですね。

ご配慮により、本日も有意義な話題を提起して頂きました。おはからいに感謝しております。コメントを頂きありがとうございます。

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