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桜から何を学びますか?仙台榴岡公園の見頃を迎えた桜


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昨日に続いて仙台市内の花見の投稿である。本日私が訪ねた場所は宮城野区の榴岡公園である。現役時代の昭和後期~平成初期にかけて職場の仲間とよく行った思い出がある。花見をする日の午前中には若手社員を現地に行かせて場所取りをした。今ならコンプライアンス的にはアウトなのかも知れないが、往時はそんなこともまかり通った時代であった。

ブルーシートの上で花見が始まると通常の飲み会とは異なる開放感(曜日としてはほとんどが花金であった)も手伝い、居酒屋などでの宴会よりアルコールを飲み過ぎる傾向にあったと記憶している。中にはすっかり出来上がってしまい、羽目を外す社員も見られたが、往時はおおらかな時代と言うこともあり、多くは無礼講の一言で済んでいた。

思い浮かぶ取り巻きの顔のうち、既に複数の人物が他界し、唐の詩人である劉希夷の漢詩「白頭を悲しむ翁に代る」のフレーズ「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」(読み:年年歳歳、花あい似たり、歳歳年年、人同じからず。意味:来る年ごとに花の姿は変わりないけれど、来る年ごとに見る人の姿は変わる)が、けして他人事でないのを重ねる。若いころは微塵も思わなかったことだが、諸行無常盛者必衰にはけして例外がないのを改めて思い知るような虚無感に苛まれるのである。

1ブログ用花見

横町コメント
往時は職場での飲み会は他の社員とのコミュニケーションを取るうえで、避けて通れないものでしたが、花見だけは特別な情感を伴った気がします。言えるのは他の社員とのコミュニケーションに傾注するあまり、夜桜を観て愛でるということが疎かになったことです。

往時の職場の花見を振り返るならば、本来ならば桜を鑑賞するのが趣旨にも関わらず、花を観るということが単なる名目上のものに過ぎないことを強く感じます(笑)それにしても劉希夷は古今東西変わらぬ人間の普遍をよく詠んだものです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
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2六百横町
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コメント

こんばんは~♬

お花見は、江戸時代から続いている行事でしょうか~
長い冬からの解放感もあってのことでしょうかね。
わたしは若い頃のOL時代以降は、夜のお花見はした記憶がありませんが・・機会があったらまた楽しみたいです。

URL | 布遊 ID:-

この榴岡公園は、由緒のある公園とのことですが、なるほど樹齢の古そうな枝垂れ桜がありますね…。政宗公由来の公園なのでしょうか…。

URL | boubou ID:-

こんばんは

職場の花見宴会は夜桜を見ながらの
ものしか行ったことがありません。
通常の宴会とは別次元ですね。

URL | ichan ID:-

こんばんわ~。

いよいよ明日からは、4月ですね~。(もう日付が変わっていますが…)
それにしても、今年の桜、開花も早かったですが、
その後の陽気で満開もあっという間でしたね。
じっくり花見をしたいところですが、年度末、年度初めということで、
バタバタと過ぎ去ってしまいそうです。。

布遊さん、ありがとうございます。

おはようございます。昨日は30分くらいの滞在でしたが、花見には絶好の日和という印象を受けました。満開に近い木もありましたが、厳密には7分咲きと言ったところでしょうか?脳裏に飛来したのは現役時代の花見のことでした。

多くが故人となり、一人一人を偲びながら、劉希夷の漢詩を心に浮かべた次第です。万感を抱く花見でしたが、やはり桜という花が如何に特異性を帯びた存在なのかを改めて教えてくれた気がします。ご配慮により本日も有意義なご感想を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

ご質問にお答え致します。榴岡公園の桜については、仙台藩四代藩主綱村公が京都から取り寄せたシダレザクラなど1000本あまりをこの地に植えたのが始まりと言われています。従って政宗公の時代にはなかったものと推察しています。

毎年、桜の季節になりますと劉希夷「白頭を悲しむ翁に代る」のフレーズ「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」を重ねます。数年前の貴兄も過去の記事でこれを取り上げておいででしたが、今でもはっきりと記憶しています。
おはからいにより本日もお引き立てを頂戴しました。ご配慮に感謝致します。コメントを頂きありがとうございます。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。どういうわけか職場の花見というと飲み過ぎる人が続出する。そして出来上がって羽目を外しやすくなる。そういう私も過去に飲み過ぎた記憶があります;思うに桜には魔力が潜んでいる(坂口安吾の「桜の森の満開の下」)気がします。今回はその魔力とは何なのか?に迫ってみました。

答え(ヒントとも)は劉希夷の漢詩「白頭を悲しむ翁に代る」のこのフレーズにあるのかな?などと思っております。ご配慮により本日も厚誼を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

penpen_1goさん、ありがとうございます。

おはようございます。坂口安吾の「桜の森の満開の下」にも見られるように、桜の木には特異性を感じますが、それを実感するために榴岡公園を訪れました。花見をした複数の仲間が故人となり、悠久の時の流れと人の世の移り変わりの普遍を実感した気がします。

自分とさほど年代が変わらないご夫婦できておられ、過去の自分のことを想い出し時に忸怩たる後悔の念にも駆られました;桜には人をセンチメンタルに誘う不思議な力が潜んでいる気がしますが、こういう気持ちになったのも年を重ねた所以と自覚しています。おはからいにより本日もご配慮を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

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