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現代社会では挨拶しなくても仕事が出来ればいいの?


リンク動画解説
私はこれまでブログに挨拶の在り方について数回に渡って述べてきた。今回の動画は自分の体験を基に作った実践論である。既成概念の多様化に伴い、近年挨拶は軽んじられる傾向にある。本来ならば挨拶は人間関係の基本なのだが、現在は「仕事が出来れば挨拶は二の次でいい」と考える人が増えてきたように思う。果たしてそれでいいのだろうか?

営業マンにとって挨拶は重要な要素だが、それを客先だけに向ければいいのだろうか?社内でも信用を得たいのであれば他の社員への挨拶は不可欠と解釈している。有体に言えば「挨拶をまめにしている人は、しない人と比べて多少の粗相があっても相手から許容されることが多い」(これは粗相にあまんじていいという意味ではありません。望んでそうなるということではなく、結果としてそうなるという意味です)これはけしてテキストなどに出ているものではないが、四十数年間のサラリーマン生活で得た私の経験則である。

1ビジネスマンセリフJPG

近年、挨拶への概念は多様化を呈している。ある大企業(少なくとも二社)のトップは社内で「お疲れさまです」という挨拶を禁じた。理由は疲れていたら仕事が出来ないからというものである。これはとんだ見当違いではないだろうか?

その理由を述べる。本来挨拶は自分がどう思うかではなく、相手がどう思うかで決めるべきではないのだろうか?そう考えると「お疲れ様です」禁止はどうも腑に落ちないのである。よしんば自分がくたくたに疲れて帰社した際、他の社員から言われて一番うれしいのは紛れもなく「お疲れ様です」である。

2上司と部下

横町コメント
世の中の価値観は時代とともに移り変わりますが、礼節への考え方も昔とはだいぶ変わってきた気がします。モラル(良心、倫理観)はマナー(ほぼ世界共通の考え方で人が嫌がることをしない)とは異なりグレーゾーンですが、例えグレーゾーンでも再考を要することはあるのではないでしょうか?例えばNHKの某地方局の気象予報士はいまだに番組に登場する際に「お願いします」という略式挨拶で済ませているようです。(手を抜いた挨拶にしか聞こえない。なぜこんばんはと言えないのか?)

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3六百横町
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コメント

こんばんは

時代が変わっても挨拶は基本だと思います。
確かに、最近は挨拶しても無視する方すら、
います。
しかし、仕事のできる方の多くは挨拶上手
だと感じます。

URL | ichan ID:-

おっしゃる通り、挨拶は人間関係の基本ですよね…。お互いに気持ちがよくなる挨拶がると思います…。気心の知れた仲になると、型にはまった挨拶よりも、もっと気軽な挨拶がふさわしいような気がします…。
なので、挨拶の形は、人間関係の内容に応じて、さまざまな形になると思います…。む

URL | boubou ID:-

こんばんは~♬

わたしが働いていた職場では、
若い人からよく声を掛けてもらっていて、
わたしももっと声掛けしないとと、
反省したくらいです。
よく頑張って働いている人には、
「お疲れさまと」自然と出てしまいますよね。
禁止することではないような気がしますが・・

URL | 布遊 ID:-

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。挨拶は心の窓であり、笑顔との相乗も重なります。多少の難を消す力があると認識しています。社会通念の多様化とは言え、略式の挨拶も誠意が不足している気がしてなりません。このあたりをYouTubeで発信して独自性を出したいと考えています。

お陰様で本日も忌憚のないご意見を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

貴兄のおっしゃる通りで挨拶の形は親密度に大きく関わってくる気がします。然るにTPOの読み違えや誤用があると御幣を招きかねません。挨拶は「奇をてらわず」が基本と察しています。「お疲れ様禁止」について社則で禁止するのは簡単ですが「奨励する挨拶」とした上でトップの考えを社員に伝えたほうが時代に適した手法と捉えています。モラルの支配する域である挨拶まで規制されると窮屈な印象を受けます。

多様化は今後増々進みますが、私のような古い考えを持った者はついてゆくのが大変です(笑)おはからいにより本日も有意義なご感想を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

布遊さん、ありがとうございます。

おはようございます。私の知る限り「お疲れ様です」を禁止した二社はいずれも大企業であり、多少なりとも世のモラルに影響を及ぼしかねないと考え、数年前に記事を載せました。
思うのは無関心なかた(そんなことはどうでもいい)というかたが多いことです。それだけ、挨拶の占めるウエイトが減じてきてる証と捉えています。昨今は相手に標準を合わせることが苦手、あるいは敢えてそうしない人が増えてきたという印象を受けます。

挨拶は本来ならば、相手に仁をもたらすものでなければならないわけですが、「こんにちは」などで「お疲れ様です」の代用が出来るとは到底思えません。ご配慮により本日も忌憚のないご意見を頂戴しました。おはからいに感謝しています。ありがとうございます。

挨拶はとても大事だと思います。
作業を進めるのが優秀であっても、その先には人との繋がりがあると思うので、人間関係をないがしろにするような真似は、人としてとても寂しいと思います。

特にオーストラリアで生活するようになって、見知らぬ人とすれ違っても、『Hi』とにっこり微笑む習慣が板についてしまったわたしは、大阪で、ポーカーフェイスで人とすれ違うという習慣に慣れるのに、しばし時間がかかってしまいました…(^^;

『お疲れ様です』は外国にはない日本のイイ言葉だと思うんですけどね…

URL | Noah ID:-

こんにちは。
たしかに挨拶しても返して貰えないこともたまにありますが、別に返してほしいからするのでもありませんしただ単に挨拶したほうが気持ちいいので積極的にしています。

気持ちいい挨拶・気の利いた一言を言える人は、相手の心の底のニーズを汲み取ることができているという傾向にあるので仕事面でも有利になるのでしょうね♪

URL | 暇人ity ID:-

Noahさん、ありがとうございます。

オーストラリアのHiの習慣はお国柄を顕著(大陸的なおおらかさ、フランク、フレンドリー)に表すものと察しています。我が国から見ても親しみやすい国民性と言うことがよくわかります。

古い考えですが、我々の年代ですと、初対面では先ずは礼節をしっかりと交わし、それから根掘り葉掘り交流に及ぶという風潮が強いですが、今の若い年代はフランクから交流に及ぶ(礼節を略したり略式的挨拶で済ませる)ことも結構多いものと察しています。彼らに悪気はないのでしょうが、若い世代と触れる際、このあたりの温度差は心の片隅に置くべきと考えています。

「お疲れ様禁止」のお触れを出した企業のTOPは恐らくインターナショナリズム(外国人従業員のことも考えた?)を重視したものと察しています。日本人オンリーの企業なら「お疲れ様です」は欠かせない挨拶と捉えています。ご配慮により本日も有意義なご意見を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

暇人ityさん、ありがとうございます。

おはようございます。よく仏法で「他人の見返りを求めないほうがいい」という考えを聞きますが、おっしゃることは悟りの域であり、私を含めた俗人は残念;と思うのではないのでしょうか?

心の窓を開きたくない人は挨拶をしないし、人から挨拶されても応じない。これは普遍ですが、その人物がその後においてもずっと付き合わねばならない立場であるならばどうするのか?このあたりには現役時代に随分とエネルギーを使った領域です。ドライとクールは違いますが、ここで目指さねばならないのはクール(割り切ってさらりと振る舞う)であり、ドライ(利害関係が行動を支配)はいつか見透かされる気がします。

悟りを開いたかたはこのあたりを極めている気がします。YouTubeをやっていてもこのあたりまで踏み込んだ動画は少ないですが、ここに特化も感じます。おはからいにより本日も有意義なご意見を頂戴しました。ライブドアブログへのコメントはityさんの返しコメントを見る前のコメントゆえ、帰宅日についての取違えを何卒お許しください。お陰様で本日も厚誼を頂戴しました。ご配慮に感謝致します。ありがとうございます。

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